第2話 ウィリアミーナ

 目を覚ますと、機関車が普及した頃のレトロな客車の中の座席に座らせられていた。


「もう、あまりに暴れるものだから、大変だったんですよ。ちょっとだけ催眠かけたんですけど許してくださいね」


 目の前にウィリアミーナが現れ、俺の前の座席に座る。


 催眠だと? 本当にこいつは一体全体何者なんだ。


 俺の中にはもう先ほどまでの高揚感や興奮はなかった。この状況が怖い。怖す

ぎる。


「俺を元いたところへ返してくれよ。俺はまだ死にたくない」



 どうにか口にした言葉に対し、ウィリアミーナは溜息をついた。


「あなたもそんなことを言うのですね。それ毎年聞いてるんですよ。別のバリエーションはないんですか」

「は?」

「だから、……ああ、そうか。私はまだあなたに説明をしていませんでしたね」


 思い出したようにウィリアミーナは両手を合わせる。


 全くだ。説明もなしにこんな所へ連れて来られたこっちの身にもなってほしい。


「私たち『星』が行う『星の祭典』は人間へ日頃の感謝と友好を示すためのものです。年に一度開催しており、毎年地球から人間を一人お招きし共に祝うのです」

「星? どういうことだ」


 全然説明になっていない。星が行うってどういうことだよ。最初から置いてけぼりだったんだが。


「まあ、そうなりますよね……。この仕事に就いて十数年なのですが、この説明は本当に慣れません。えーっとですね、人間は太古から夜空を見上げ、星に名前を付け、親しんでくれました。そのことに対して感謝をする祭典です」

「つまり、星には自我があるってことか……?」 


 仮にそうなら恐ろしいと思った。生物じゃないものが自我を持ち、人間の言葉を話している。しかも星だ。恐ろしすぎる。俺は前田以上にとんでもない人……いや、星に絡まれてしまったんじゃないだろうか。


「自我、というと少し異なるんです。きっと人間には理解できません。あなたたちの概念にまだそれはない。まあでも自我に似たようなものが具現化されたものっていう説明が一番しっくりきますかね」

「……はあ」


 なんだかよくわからなくなってきた。もしかしたら俺は夢を見ているのかもしれない。


 そうだ。きっとこれは夢だ。あまりに日常に身が入らなくて変な夢を見ているんだ。


 座席が急に揺れ初め、高音の汽笛で耳が刺激され、意識がはっきりしていることに気が付く。


 夢じゃ、ない?


「お、発車したようですね」


 ウィリアミーナはのんきなことを言う。いやいや、冗談はやめてくれ。


 俺は慌てて車窓から外を覗き込んだ。


「嘘だろ、おい」


 そこに広がっていた景色は広大な宇宙だった。さっきまで地球にいたのに、もうあの山の風景ではなかった。暗闇の中に無数の星が光り、地球も既に野球ボールほどの大きさになっている。


「まじかよ」


 そこで一つの不安が頭をよぎる。この車掌が言っていることが本当であるならば、俺は『星の祭典』なるものに連れて行かれる。仮に地球に帰って来られたとして、往復何年かかるんだ? 白川おじさんに牛乳も届けていないし、下手したら浦島太郎のようになるのか? そんなの絶対に嫌だ。


「おい、ウィリアミーナだったっけか。これさ」

「往復三十分もないですよ」


 いつも訊かれるのであなたの言いたいことはわかってますとでも言いたげな顔でウィリアミーナは答える。


「……は?」

「これもまだ人間には理解できないでしょう。あなたたちが知らない、宇宙の摂

理というものが働いています」


 もう本当に何が何だかわからない。俺は一体どうなってしまうんだ? 本当に無事に地球に帰って来れるだろうか。


「座ったらどうですか。初めは誰もがあなたみたいに慌てふためきます。しかし祭典に来てみればそれはもう楽しそうにしていますよ。きっとあなたも楽しめるはずです」


 ウィリアミーナの顔は見えないが、一瞬だけ笑ったような気がした。不思議

と、それが少しだけ俺を安心させ、言われた通りに席に座る。


「会場の『星の国』まではまだ少しあります。私でよければ話し相手をしますよ」

「いや、特に話すことはない」

「じゃあ、私が一人で勝手にしゃべらせていただきます」

「はあ?」

「おしゃべりが好きなものでね」


 と、ウィリアミーナは肩を揺らしながらまた笑う。本当はこういう人柄なのかもしれない。いや、星柄か。


「勝手にしろ……」

「ありがとうございます」


 ウィリアミーナは頭を下げると、窓の外をご覧ください、と手を窓の方へ伸ばす。俺もその手の先を目で追いかけながら見た。


「もうすぐ土星の側を通りますよ」


 窓枠の中にウィリアミーナが言う通り、巨大なガス惑星が出現し、あの有名な輪にぶつかりそうになる。しかし、それははただの俺の気のせいで、あまりの大きさに圧倒されただけだった。


「不思議に思いませんか」

「はい?」

「この鉄道ですよ」

「はあ……」


 不思議なところ。これといって何か妙に感じることはない。そもそもこの状況自体が妙っていう話だ。もう何が不思議で何が当たり前かわからなくなるほど、感覚が麻痺している。


「外装は急行列車なのに汽笛が鳴る。超レトロな客室」


 確かに言われてみればそうだ。急行列車と蒸気機関車をごちゃごちゃに混ぜたたようなこの乗り物はよくわからない。わからないことだらけで、もはや現実と夢の区別がつかない。もうこの状況を、世界を受け入れるしかないのだろうか。


「銀河鉄道はもともと馬車だったらしいんですよ。『星の祭典』協会の会長から人間の文明の発展に合わせるように言われていたそうでしてね。それが次第に蒸気機関車になり、急行列車になりました。しかし、急行列車では銀河鉄道っぽくない、機関車の方がそれっぽい、っていう批判が少々ありまして。でも絶対に急行列車の方がスピードが速いじゃないですか。そうやって、見た目は急行列車、乗り心地は蒸気機関車という風に落ち着いたんです」

「そっちはそっちで大変なんだな」

「ええ、まあ。でも仕事ですから。

 大変と言えば、人間の世界は今どうなんですか?」

「どうって?」



 別に大したことはないんですけど、とウィリアミーナは帽子をかぶりなおす。


「たまに『星の祭典』協会のメンバーが人間の姿に変身して地球に遊びに行くことがあるんですよ。本当に何年かに一度くらいなんですけどね。私はこの列車の車掌をしているものですから、地球に着くのを楽しみにているお客さん、地球から楽しそうに帰ってくるお客さんを何度も見るんです。ただ、去年、とある一人の地球帰りの方を迎えたとき、随分と暗く、辛そうな表情をしていたものですから。今の地球は何かあったのかな、と」

「ああ、なるほど。今は世界的に火星開拓が始まったことで盛り上がっているからな。あまり遊びに来ても、宇宙の話ばかりで地球の楽しさを感じられることがなかったかもしれない」

「そうだったのですね。教えてくださりありがとうございます。

 まもなく『星の祭典』会場の『星の国』に到着しますよ。降りる準備はよろしいですか?」


 そう言って立ち上がるウィリアミーナを見て、俺はようやく一つ質問を思いつく。


「なあ、『星の祭典』に集まっている奴らはみんな、あんたみたいに人間の姿でも顔はわからないのか?」


 すると、ふふっ、とまたウィリアミーナは笑う。


「そんなことないですよ。先ほどお話した通り、宇宙にはまだあなたたちが知らない摂理があります。一部の星は例外ですが、『星の祭典』ではどんな星も人間の姿になることが出来るので、人間好きの私たちにとって、『星の祭典』の楽しみのひとつになっています」


 ウィリアミーナは帽子を取り、今まで見えることの無かった顔を俺に見せる。


 その表情はどこか俺を馬鹿にするように笑っていた。


 と言うか、めちゃくちゃイケメンじゃねえか。

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