ひとり

  10


 太陽が隠れた寒空の下。

 わたしにとっての【最悪の未来】はひとまず去り、新居での生活に慣れ始めた。


 某日。ひとり分の食材を買いに最寄もよりのスーパーへ足を運ぶと、店頭では三名の高校生が募金を呼びかけていた。募金箱のど真ん中には、愛くるしいネコの画像jpgが拡大され、低画質で貼られている。

 どうやら保護猫を救うために、医療費や食費などを集めているようだ。

 わたしは高校生と目を合わせないように横を素通りステルスし、屋外よりも寒い店内で夕飯の食材を買い物カゴに入れた。あとは――荒んだ心をエタノールでなぐさめよう。

 酒売場の冷ケースに手を伸ばそうとした途端、脳裏に浮かんだのは、防寒具で身を固めながら、店頭で必死に呼びかけるJKの姿だった。ついでに言うと、拡大表示された仔猫の顔が脳裏にひっついて離れてくれなかった。

「酒……は、今日は良いか」

 わたしはチューハイ一缶すら手に取らず、飲兵衛のパラダイスに背を向け、必要最低限の商品をレジに通し、それらをエコバッグに詰めながらも、ネコ科のモフモフした生物の顔が頭から離れなかった。

 店を出てもなお、高校生たちの呼びかけが、粘着性のあるのように、耳の中に棲みついた。あの声々は、わたし個人に向けられているわけではない。けれど不可思議な磁力によって、募金箱の前へと引き寄せられてしまったのだ。

 まあまあ可愛い女子生徒と目が合ったあと、地味な男子生徒にも目を配った。


 わたしはパンツのポケットに突っこんだお釣りの中から、最初に手に触れた硬貨を握り、そっと募金箱へと手を伸ばした。

 まったく、よりによって五百円玉を募金してしまったではないか。こういうのは気持ちなので、『御朱印ごしゅいん・三百円』的な料金で良いのではないか? このキャッシュレスの時代に、現金で募金だなんて、どこまでも愚行である。

 まったく。まったく――

「ご協力ありがとうございます!」

「――ざいます!」

「――ます!」

 硬貨が募金箱に落ちるよりも早く、食い気味に繰り出される、お辞儀の波状攻撃。わたしは、眩しすぎる若さに対し、自然と笑みを返していた。

 わたしが求めていたのはお礼でも、良心を満たす偽善でも、猫たちの幸せでもなかったのだと、身銭を切ってから気づいたからだ。


 当分、なにも要らないのだ。


                                   了

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最悪の未来 常陸乃ひかる @consan123

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