第58話救われた者

「あれ?違った?ランスロットって聞こえた気がしたから」


「えっと……」


どう説明すればいいのか、ギィルは思い悩むが


(この娘…ランスロットの子か…そうか、あれからどれくらいの年数が経ったのかと思ったが、さほどでもないな)


脳内でつぶやく声が聞こえる


「え?ランスロットの娘?」


「お、そうだよ!」


にこりとアルネリアは笑う


そうか、この娘があの…


ランスロットは挫けなかった。そして、最後には打ち倒したシーンを覚えて居る

魂の記憶だ


あの夢を見たとき、あこがれた

自身の強さよりもなお、輝いて見えたのだ


今思えばあの時油断などしなければ圧勝出来て居たろうと思う

だがそれをしなかった慢心がギィルを死に追いやったのだ


しかしそれを今のギィルは悔しいなどとは思わない

転生するが別人、それがギィルの生まれ変わった事による制約なのだから


前回のギィルはかつてのギィルの想いを継げるだけの下地と立場があった

しかし今回は違う


最初から負けていた、そうギィルに思わせるに十分な生い立ちだ

だが、挫けない


少年はそれでもまっすぐに生きていた

だからこそ、ギィルは名を渡して力を与えようとしたのだ





「あ、そだ。あんたもおいで!」


アルネリアはそう言った


「どこに?」


「うーん…孤児院?みたいな。まぁ、偽善者の私の施し?」


「なんでそんな自虐的なんだアンタ」


「あと5年、くらいは自由に居られる時間があるからね…その間だけでも出来る事しようと思って」


「そうか。5年だけか」


「うん、まぁ5年だけ。だから今ほんとに小さい子は無理だけど、君くらいの年の子ならなんとかなるでしょ?そんで君がそのあと繋いでいってくれたらいいなぁって」


それならギィルはいいかとも思った

何も知らない、力もない。今のギィルはそんなだ


だから彼女の甘言にあまえることに決めた



「行くよ…僕は子供たちを、助けたい」


あんたも子供、とはアルネリアは言わなかった

そのかわりに


「ありがとう」


そう一言

それはギィルの心の中に、死ぬまで残り続けた言葉となった



アルネリアとアシュトーに連れていかれた場所に、子供達は居た

全員でギィルをふくめ20人

結構な大所帯だ


どこぞの貴族の屋敷だったと思われる場所で、そこに全員集まっていた


そこに居た子たちに、アルネリアは名を持たない子供全員に名を付けていった


特別大きな子供、といっても10歳くらいのギィルの他にはアイネと言う女の子がたぶん、13歳というくらいの事で

あとは3歳児から8歳児くらいまでの子供が大半だ


つまるところ、18人いる子供達をギィル、アイネ、それとアルネリアとアシュトーの4人で面倒を見る事になる


そのうちの男子が12人、女子が6人は同じ建物で暮らす


アシュトーは主に勉強を見てくれた

計算、読み書き。そのあたりを重点的に

アルネリアはなぜか武芸の先生だ

ギィルとアイネ、それと8歳になっている3人の子供達に教える


「ほら、死ぬ気で走れ!君らは体力がまだないんだ。基礎の前に体力!」


近くの平原をひたすら走らされる

これには男も女もなかった


ギィルは何度死ぬかと思ったか数える気力すらない程に鍛えられる


ちいさな子はいつのまにか、里親を見つけてきては引き取って行かれた

そうすると、また子供を拾ってくる


売られているのかと勘繰ったが、そんなことはなかった


本当に善意で、アルネリアは行動していたのだ


そうやって1年が過ぎたころになると、あれだけガリガリで力もなかった子供達だったが、十分な食事と運動、そして子供達だけで暮らしていることでお互いを助け合っていた事による心の変化も生まれてきた


時折、大人を恨まないようにとの配慮だったのかマリアと言う女性が面倒を見に来てくれたりした。

あとはエリーシュ。彼女は病気に苦しむ子供が居ると必ず来てくれて、治してくれた

魔法で病気は治らないと聞いていたが、例外があるんだなと頭の中のギィルが言って驚いていたのを覚えて居る


「はあ、はあ、はあ」


(だいぶ体力が付いてきたな。筋力もだ)


「ああ、そうだな」


(あの頃のお前と比べても見違えるほどに健康だ)


「本当に彼女には感謝してもし切れない。それほどの恩をもらってる。しかし僕の弱さは本当に…ダメだ。だから頑張るしかない」


(つうか頭おかしい程のしごきにお前ついていけてるじゃねぇか?それは自信持てよ)



そうかな?と、ギィルは思う

同じだけの鍛錬をしたって、アルネリアは息切れ一つもしていないのだから到底自信などつかないのだが


「お、おかえりー。ギィル、風呂入っておいで!今アシュトーがごはん作ってるとこだから」


「は、はい」


風呂場に向かうと、そこにはアイネが居た

どうやら小さな子を順番にお風呂に入れていたようだった


「アイネ、あとは俺がやるよ。小さい子はもう入れたんだろ?」


ここでは週に2日に1度、風呂に入ることが出来る

実の所それはこの街では結構凄い事だったりするのだがギィルはそれを知らない


アルネリアが買い取ったのはウェスコーにある2番目に大きな都市にある屋敷だ


ガーネクロウと言う名の街でそれなりに大きなスラム街がそこにある


そのスラム街から離れた場所に今の屋敷は建っている

元貴族の屋敷だけあって、風呂場も完備されている

それを利用している


庶民の家には風呂など無い、だから大衆浴場があって、そこに入りに行くのだ

それも、週に一度の楽しみとする程度の金銭がかかる


それを2日に1度入れるのだ


「ありがとうギィル。あとはセッシュとニケだけお願い。あの子たち私が一緒だと恥ずかしがっちゃうから」


「ああ、そりゃぁな。男の子だからな」


「まだ子供なんだけどね」


「そりゃぁ14歳のアイネ姉からしたら子供だろ?でもあいつらも9歳くらいなんだし…多分だけど」


「うん…じゃ、お願いね。私はアシュトー様のお手伝いしてくるから」


そう言って風呂場から出て行った


「はぁ。俺も11なんだけどなぁ…羞恥心ってないのか」


(いいじゃねぇか。タダで女の裸見れるんだからよ)


「なんだ。お前子供好きだったのか?」


(おいおい、御幣があるな。ありゃ多分もう16歳くらいだぞ?お前も恐らくだけど、14歳くらいのはずだ)


それは前々からギィルは言っていた

ちゃんと栄養を摂取できるようになってからと言うもの、著しく成長を始めたからだ


「そりゃな…俺も身長、かなり伸びたし…まぁいい、おーい、セッシュ、ニケ、風呂はいんぞー」


「はーい」


風呂場の隣の部屋で待っていたセッシュとニケが来る

彼らの年齢ももしかしたら、自分が思っているよりも少しだけ上なのかもしれないとギィルは思った


その日の晩御飯はパンとシチューだった

アシュトーは料理が上手い。どこで習ったのか知らないが、いつも格別の味をふるまってくれる


「お、風呂あがったかい?もうみんな食べてるから君らも食べて。今日のは自信作なんだ」


そうアシュトーはにこりと笑う


一年前、ギィルは恨みに駆られていた。その自分をあの二人は救ってくれたのだと今なら分かる様になっていた









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