第24話絵本の行方、そして消える

「あー、もう!……もしかして師匠がどっかに置いたままなのかなあ」


元々師匠は片付けができない人間だ

だからマトラが、片付けていたりしたのだが、ここ数ヶ月ほどマトラが留守をしていたので元の汚い部屋に戻っているのではと思ったのだ


しかし、その思いに反して本の保管部屋は対して汚れては居なかった


ひとまず、そこに有るだけを回収してから屋敷を探す事にする


「ここに無いとなると、研究室か寝室よね…でも…」


「あの。マトラ様……なんか雰囲気おかしくないですか、ここ」


ラライラが感じた違和感と、マトラが感じている違和感は別のものだ


「どうしたのラライラ」


「上手く言えないんですが、なんかヤバいです…どんどん鳥肌が立ってくると言いますか、ここに居たくないと言いますか…」


ラライラには不思議な力がある

時折見せる、その勘だ

何度か軍の任務を行なった際に見せることが多かった

その中でも最上級と言える表現が



「鳥肌に、居たくないですって!?」



合わせ技できたか、そう思った


鳥肌が立った時には、命に関わる事が多いから気をつけろ


居たくないと言った場合には、すぐ逃げろ


そんなイメージだ


「くそ、行くわよラライラ!逃げるわ」


「は、はい!どうにも不安が大きくなってきて漏らしそうで!」


その言葉を合図に、マトラは腰に刺してある杖を抜き放ち窓に向けて魔法を放つ


「ファイアブレッド!」


杖の先から炎の弾がドンッと音を立てて飛び出す!


全力の魔力を込めたその弾は窓枠ごと壁を吹き飛ばした


ドガンと大きな音を立て、壁を破壊


そして埃が舞う中マトラとラライラは飛行魔法で飛び出した


「うわあああ!ダメですーまだ、まだまだここはダメえ!」


叫びながらラライラは飛行速度を上げる!

魔力の残りなど気にしないその飛び方はフラフラとしているがスピードは出ている


「ちょ、ラライラ!?どこまで行くのよ!」


「わかんないですー!でもここはダメなんですー!」


そう叫びながらひたすらスピードを上げていくラライラ


(誰かに追われてる?そんな気配はないのに、何を慌ててるの?今まであの子の勘には些細なことから大きなことまで助けられたから信じてない訳では無いけど)


暗殺者と関係があるのか?


師匠の家の様子がおかしかった事にも関係あるのか?



一体何が



そろそろ街も出てしまうと言ったあたりまで飛んでいると



ガクリとスピードが落ちる


「なに、これ!?」


スピードを上げたいのに


「前に、進んでない!?」


「うきゃああー!」


ラライラはそれでも前に進もうとしている


マトラもこれは流石にヤバいと感じたのか、胸に忍ばせた赤色の結晶を取り出して、握り締める


奥の手である


「うあ、ああああああああぁぁぁ!!」


マトラの体がその結晶と同じ色のオーラで包まれる



ぐんっ


スピードが再び上がり始めた

もはや停止寸前だった空を飛ぶスピードは再び加速を初め、先行していたラライラに追いつく!



「ら、らぁ、いらあー!私の足を、掴みなさい!」


瞬間、ラライラとマトラが重なる



ガシッと、ラライラがマトラの足を掴むと


「全力、解放ぉ!」


一気にスピードが上がり街の結界のある城壁の下、空いている門をくぐり抜けて


そのまま街を飛び出ると


引かれていた感覚が無くなり、全力を込めた前身スピードは爆発したように、射出するようなスピードで飛び出した!


「にゃああああああああ!」


「にゅあああああああ!」


突然解放されたスピードを御しきれなくなり切り揉みするように墜落する!


飛行魔法により展開されている風の防御魔法が土をえぐる、そしてそのまま埋まるようにして止まった




その日




ノーチェス王国の首都は跡形もなく、消えた


首都があった場所には、北の海を削り取り大きなクレーターが出来ており、北の海からざあざあと海水が流れ込んでいた



何とか土から脱出した二人が見たのは、大きな黒い半円球


ゴンッと言う空気の音と共に、その黒に向かって風が吸い込まれて行く所だった


黒い円形は段々と小さくなり、一瞬だけ白く変わり消えた



ざざざざと言う、風の音だけが耳を撫でて

先程まで居た首都は何もそこに残ってはいなかった



「何が起きた……の、これ」


呆然と立つマトラ、ラライラは震えながら


「ま、街が…ない」


しばらく無言で「そこ」を眺めていたが、助かったと言う思いが込み上げてきた



「ありがと、ラライラ。また助かった…」


「これ、助かったって言うんでしょうか…あ、お父様……」


「命は助かったわよ……アレに飲み込まれていたらどうなっていたか分からないもの」



「お父様が、お父様が……うわああん!」


そこに居たであろう父を想い、泣くラライラを抱きしめる


そして思い返す


(あれだけの現象、発動するのにどれだけの魔力がいるの?それなのに何も感じ無かった…いえ、今は荒れ狂う程の魔力痕跡を感じる。そうであるのなら、アレは魔法の可能性が高い…でも何の魔法?属性魔法ではない?精霊の力?それもおかしいわ、あれほどの現象、大精霊じゃないと無理でしょうし)


がくりと、両手で包んでいたラライラから力が抜ける


「魔力枯渇、それだけ全力で飛んでいたのね…」


マトラの奥の手の赤い結晶も、黒に染まっている


「これ、もう駄目ね…賢者の石まで使わないとあそこから逃げれなかったから、もったいなくはないか」


マトラの使った物は、賢者の石と言われる魔力増幅装置である

製造法はすでに失われており、現存するものしかない貴重品だったのだが命には代えられないと割り切る


「とりあえず、どこかに一旦身を隠さないと…」


ラライラを抱えて、ふらふらと空を飛ぶ




音もない、夜だった





----------






翌日、マトラは全身が筋肉痛のような状態になっていた

それは増幅した飛行魔法の後遺症である

身に余る力を行使した代償が筋肉痛と、賢者の石を失うことだった


「マトラさまぁ、大丈夫ですか?」


「ええ、全身やばいくらい痛くて動けないけど、大丈夫。それよりラライラこそ大丈夫なの?」


「はい、昨夜は取り乱しましたけど、まだお父様は生きているみたいなので」


そう言ってネックレスを見せる

それは肉親が死亡したり、死にかけたりすると、色が変わる魔道具だ

対になるものを国王は持っている


「青のままね。ていうことはあの黒球に飲まれても大丈夫ってことか」


「なんですかね?」


「ええ、私も一晩かかったけど思い出したわ。かなり古い魔法だけど、戦略級大魔法のアビスゲート…禁呪よ、あれ」



大規模空間転移を起こすその魔法は、禁呪とされている

国際法によりその使用は禁じられ、使用できる魔導士からはその記憶が消されていた




「100年以上前に失われた魔法のはずだけど、使い手が居たのね。もしくは魔法実験中に暴走したかのどちらかよ」


「どんな、魔法なんですか?」



「そのままよ。意図した場所にではなく、どこか分からないほど遠くにその地形ごと転移させる魔法のはず。もし使うことができれば戦争にすらならない‥‥そりゃそうよね、相手がどこか遠くにいっちゃうんだもの…街ごと、ってのは予想より範囲が広いけど」


禁呪とされた理由はまさに、意図した場所に転移させない事

下手をすれば空の上、または地の中、水の中とランダムに飛ばされるからである

そうなれば、今回の場合は首都の全人口が死ぬ事になるだろうから



さらにその魔法の触媒は聖石だったはずである

有り得ないほどの範囲になるのは聖石がもつ魔力を使い切るからだ


ただ、そんな事をすればそれこそ害敵からの護りが無くなってしまうし…




「とりあえず、魔力が回復したらこの筋肉痛を癒してアエリア様の所に戻りましょう」



そう言ってマトラは笑った



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