5日目 休日は横浜デート ①

「ねぇ、せっかくの休みだから出かけない?」


 今日は土曜日。中条さんは非番だ。

 中条さんの一声で決まった休日デート。

 現在地、馬車道ばしゃみち

 中条さんの要望が馬車道ばしゃみちだったため今に至る。

 手錠で繋がった状態で待ち合わせもへったくれもなく、部屋から中条さんとともにやってきた。

 もはや同棲カップルか夫婦の領域な気がするけど、意識したらどうにもならなくなるので余計な煩悩は振り払った。

 手錠のせいで上半身はお洒落できないので中条さんはカーディガンを肩に羽織り、下半身もそれに合わせたアイテムを着用。靴はスニーカーだ。

「せっかくだから全身お洒落したかったなぁ」

 中条さんははぁと息を吐いた。

「気合を入れる必要はないですよ」

「女っていうのはお洒落したい生き物なのよ。はぁ、ヒールが履きたかった……」

 再びの溜息を漏らして中条さんは嘆いた。まぁ、お洒落に無頓着な僕から見ても今の恰好にヒールは合わないからなぁ。

馬車道ばしゃみちってずいぶんと小洒落こじゃれた街なんですね」

 馬車道ばしゃみちの街並みを流しているけど、お店の外観も雰囲気も、道行く人々の恰好もシャレオツだ。

 中条さんほどの美貌があればどんな服装でも様になるけど、僕は完全にこの街で浮いている。

「行きたい雑貨屋さんがあるんだ。付き合ってくれる?」

「もちろんです。中条さんのおおせのままに」

「あはは、なにその言い回し」

 かしずくような言い方をした僕に、中条さんは微笑む。

 今まで女性と全く無縁の僕だったけど、人並み程度には女性と話せるようになってきたように思う。

 これも中条さんや平木田さんが親しみやすく、話しやすい相手だからに他ならない。大学にいる女の子は――なんかお洒落もガチガチだし、男の品定めも厳しい気がして関わる勇気すらない。

 無論、同性ともほとんど会話してないんだけどね!

 そんなことを考えながら中条さんお目当ての雑貨屋さんに入る。

(すごい、客も店員さんも綺麗な女性ばかりだ)

 偏見だろうけど、雑貨屋さんにいる人は店員客問わずレベルが高い女性が多い気がする。

 その中でも中条さんが頂点に君臨している。

「見て見て蓑田君、このハンドメイド可愛くない?」

 中条さんが手に乗せたのは、リボンの形をしたハンドメイド。

「可愛いですね」

「これもいいんだよねぇ」

 次に目をつけたのは、ハリネズミのキャラクターのシール。

 中条さんの部屋はそこそこ雑貨が多く、若干ファンシーな雰囲気だ。可愛いモノが好きなんだろう。

 そのことを知ってるのはきっと僕だけ……そう考えると変な高揚感が湧いてきてしまう。

「それもいいですね」

「……もしかして私に気を遣って全部共感したフリしてない?」

「本音で可愛いと思ってますよ」

「ならいいんだけど……私に合わせて共感されるよりも、遠慮せずに本音をぶつけてほしい」

「僕もお互いその関係が理想だと思ってます」

 彼女の方が年上だし女性ということで多少の遠慮は生まれるけれど、僕も言うべきところは伝えているつもりだ。

 中条さんが先ほど気に入った雑貨を購入し、店を出て再び二人で街を流しはじめた。

「ねね、軽く食べ歩きしない?」

「いいですね」

 馬車道ばしゃみちの通りには出店がちらほらある。

 若い女性をターゲットにしているのだろう、スイーツやお菓子の出店が多い。

「クレープなんかどうですか?」

 その中の一つ、クレープ屋が目に入ったので中条さんに提案してみる。

「いいじゃん! 最近食べてないんだよねー」

 中条さんは大きく頷くと、僕を引っ張ってクレープ屋に向かう。

「いらっしゃいませ。素敵なカップルさんですね」

 クレープ屋の女性店員が全身全霊の営業スマイルでそんなことを言ってきたものだから、

「僕たちはカップルじゃ――」

「ありがとうございます!」

 否定しようとしたら中条さんはこともあろうに僕の右手を握ってスマイル返しをした。

「なんだか、心の底から想い合ってるカップルさんに見えます。私もそういう関係でいられる彼氏が欲しいなぁ」

 あらら。店員さんがうっとりしちゃってる。

「っと、意識が飛んでしまいました。お決まりになりましたらお声がけください」

 が、すぐさま復帰した。さすがは商売人のプロだ。

「バナナチョコスプレーでお願いします」

「私はイチゴデラックスで」

「かしこまりましたー」

 注文を受けた店員さんはクレープを作りはじめた。

「……どうしてカップルなんて嘘いたんですか」

 店員さんに聞こえないよう声をひそめて聞いてみると、

「別にいいじゃない。変に否定しても怪訝けげんに思われるし」

「そうなんですが」

「……そんなに私と恋人に見られるのが嫌?」

 中条さんは瞳に不安な色を浮かべて顔を歪ませた。

「……いえ、そんなことありません」

 僕は首を横に振ってはっきりと否定した。

「むしろ、僕なんかが中条さんみたいな美人と不釣り合いで申し訳ないと言いますか」

 すると中条さんは透徹とうてつした瞳で僕を見つめてきた。

「蓑田君のその癖、直した方がいいわ」

「癖、ですか」

「自分を卑下ひげする癖。あなたにはあなたが思ってる以上に魅力があって、あなたをいいなと思ってる女性もきっと近くにいる。だから、僕なんかなんて言わないでよ」

「……ありがとうございます」

 僕はこれまで交際経験もないし、女の子とデートしたことすらなかった身だけど、中条さんにそう言ってもらえると救われた気持ちになる。ここ数日ずっと一緒に生活している彼女の言葉には説得力がある。

 二人の世界に入っていると、

「お待たせいたしましたー、どうぞ~」

 注文したクレープが完成した。

 店員さんからクレープを受け取り、歩を進めながら口に入れた。

「……うん、美味しい」

「こっちも美味しいよっ」

 バナナチョコスプレーはとても甘く、僕のドーパミンが大量分泌された。

 中条さんも頬を緩めてイチゴデラックスを咀嚼そしゃくしていたけど、

「ねぇ、そっちも食べてみていい?」

 僕と僕が食べているバナナチョコスプレーを交互に見てきた。

「えぇ!?」

 中条さんが僕のバナナを味わいたい、だと……?

「か、関節キスでは……?」

 僕が言葉にしたことで気づいた様子の中条さんは顔を真っ赤にして、

「い、いいじゃない別に……どうしても食べたいんだもん」

 駄々っ子のように頬を膨らませて抗議してきた。

 まぁ、ムキになって拒否する話でもないか。

「分かりました――はい、どうぞ」

 中条さんの口元へとクレープを差し出す。

「えっ、頬張れと……?」

「はい。お互い片腕が動かせないのでその方が楽です」

 あくまで食べやすさを考えた上での行動だったんだけど。

「は、恥ずかしいじゃない!」

 あなたは毎日家でしてくれてますけどね。

 けどそれは部屋の中で誰かに見られるわけじゃないもんな。気持ちの面では全然違うか。

「じゃあ、諦めてください」

「わ、分かったわよ! ほら、もう一度差し出してよっ」

 中条さんは半ばヤケクソでバナナチョコを頬張る。

「……うん、こっちも美味しいね!」

 満足げにクレープを飲み込んで舌で唇を舐めとった。うわぁ、なんかエロい。

「――あ。中条さん、こっち向いてください」

「なに――んっ」

 中条さんの鼻にチョコがついてしまったので、ハンカチで取り除いた。

「チョコ、ついてしまったので」

「あ、ありがとう……」

 彼女は目を伏せて俯いた。声もうわずっている。

 チョコを放置しておくのも他の通行人から変な目で見られてしまわれかねなかったのでどうか許してください。

「じゃあ、今度は私のを食べてよ」

「んん?」

 中条さんは気を取り直したように自らのクレープを差し出してきた。イチゴとクリームが乗ったクレープを。

「いや、僕は別に――」

「こっちが食べさせてもらったんだから、蓑田君にも食べてほしいの!」

 意地でも僕に食べさせたいようだ。

 趣旨が「他の味も食べる」から「自分の手で僕に食べさせる」に変わってない?

「じゃ、じゃあ……」

「はーい、召し上がれ♪」

 中条さん食べかけのクレープに口をつける。

 甘い。味は当然だけど、それ以上の要素がごちゃ混ぜになっている。

 果たして、この甘さはクレープの味だけのせいなんだろうか?

「どう? お味のほどは」

「……甘くて美味しいです」

「でしょ~? よかったぁ――あ」

 彼女は満足そうに頷いたが、はっとした表情でハンカチを取り出した。

 そして、ハンカチで優しく僕の唇の横に触れた。

「なにかついてましたかね?」

「……いや。ついてない」

 中条さんの花柄のハンカチは綺麗なままだ。

 え? じゃあ今の行動は一体……?

「だってだって、私ばかりしてもらうのは悪いんだもん。私の方が年上なのよ」

「年上とか年下とか、変に意識しないで楽しみましょうよ」

「そうなんだけど、そうじゃないというか……」

 歯切れの悪い返事だった。理解はしてるけど納得はしてないというか。

 その後も雑貨店を見て回ったり、よさげなお店でお菓子を買っては二人で食べさせ合いっこをしたりした。

 ――後者は完全にバカップルそのものな気がするけど、言葉で指摘することはしない。絶対に気まずくも甘い変な雰囲気になるからね!

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