第3話 うさぎとたぬき

 家までの道を急ぎながら、私はふうとため息。

 今日は慌ただしい一日だったなあ。

 それにしても、明智君に目をつけられたのはあまり良くない。

 私の能力がバレてしまう可能性があるから。

 私自身もまだいまいち把握できていない部分の多い、この能力。

 一言で言えば、『物に名前をつけて、その名前を物自身が気に入ると五分だけ物と話せる』というものだ。


 その能力が備わったのは、ちょうど一年前。

 ブローチのキューちゃんに名前をつけたら、『大切にしてくれたお礼に物と話せる能力をあげるわ』と突然話し出したのだ。

 キューちゃんは当時からマシンガントークだった。

 話せた物とは、今後もずっと会話ができるのだけれど。

 会話ができるのは、名前をつけて物が気に入って会話ができてから二十四時間後。

 つまり一日一度だけ、五分きりしか話せないことには変わりはない。

 最初の頃はおもしろがって、色々な物に名前をつけたのだけれど。

 五分って案外短いし、そもそも名前を気に入ってもらえなくて、名付だけで時間がかかることも多い。

 物が気に入るまで何度でも名前を付け続けることは可能だけれど、その間、私はずっと独り言を呟くことになるし。


 それに何よりも、物と話せばすべてが楽しいというわけじゃない。

 嫌な話を聞いてしまうことだってある。

 私はふと一年前の出来事を思い出して、足を止める。

 体がずーんと重くなる気分。

 あの時、物に名前をつけて好奇心で話を聞かなければ今ごろ私は……。


【あっ。小鞠さん】

 声が聞こえて立ち止まると、コスモス畑から声が聞こえた。

 コスモス畑の隅っこに狸の置物がある。

 それが話しかけてきたのだ。

「あ、信楽しがらきくん」

 狸の置物は、このコスモス畑の持ち主が置いたものだ。

 そもそも、この畑ように広い土地も実は庭の一部だというから驚きだ。

 狸の置物に名前をつけたのも、確か一年くらい前のことだった。

【目の前の横断歩道で、今朝もまたものすごいスピードの車が走っていきましたよ】

「またかあ。多いね、この辺」

【横断歩道もあるし、子供たちも通るのにマナーを守らない大人の人間もいるもんですね】

「本当にね」

【小鞠さんも気をつけてくださいね】

 そんな世間話をしているうちに、嫌な気持ちはどこかへいってしまった。


 自宅の庭を歩いていると、「ねえ、小鞠おねえちゃん」と声をかけられた。

 ふと視線をお隣に向ければ、お隣の庭にはお人形さんみたいな幼い女の子が立っている。

 フリルがいっぱいのワンピースを着て、うさぎのぬいぐるみを抱っこしていた。

 彼女はお隣の家のマミちゃん。五歳。

「あ、マミちゃん。どうしたの?」

「あのね、マミね、昨日ね、ばあばに新しいぬいぐるみを買ってもらったの」

「そっか。かわいいね」

「それでね、このぬいぐるみに、お名前をつけてほしいの」

 マミちゃんはそう言って、うさぎのぬいぐるみの頭を撫でる。

「え、私が名前をつけるの?」

「うん。だって、小鞠おねえちゃんは物に名前いっつもつけてるもん」

 それはまあ、名前をつけると会話ができるから便利だし楽しいし。

 って結構、能力をつかうところを目撃されてるのね……。

「でも、新しいぬいぐるみには、私じゃなくてマミちゃんがお名前をつけてあげなよ」

「ううん。いいの。小鞠おねえちゃんがいいの」

 ……なんでだよ。

 私が命名すると、大変なことになるんだけど。

 まあ、もしぬいぐるみの声が聞こえるようになっても、マミちゃんには聞こえないからいいか。

 それに今まで物に一発で名付を気に入られたことはない。

 ここは適当につけるか。

「お姫様みたいな名前にしてね」

 名づけようとしたところで、マミちゃんから注文が入る。

 お姫様かあ。

「じゃあ、このうさぎは……。エリザベス、かな」

 その途端、【きゃああああああああああああああ】とものすごい悲鳴が聞こえた。

「エリザベス、いいね!」

 もちろんその悲鳴などは聞こえていないマミちゃんは、うれしそうに笑う。

【きゃああああああああああああああああああああああ】

 うさぎのエリザベスは、ずっと叫んでいる。

 やべーうさぎだな……。

 私のつけた名前が気に入ったから、声が聞こえるようになったはずだけど。

【はぁはぁ、最高の名前を、はぁ、ありがとうございますうううううううう】

 うさぎのぬいぐるみはそう言った。

 喜びの叫びかよ。

 余計に怖いわ。

「じゃあ、エリザベスちゃんと他のお友達と遊ぶから、またね」

 マミちゃんは、そう言って玄関のほうへと歩いて行った。

「うん、またね」

【はぁはぁ。マミさん、またあの遊びをやるんですよね! そうですよね、私、朝やった遊びがやりたいですっ】

 エリザベスは興奮状態で、玄関のドアを開けるマミちゃんに話しかけている。

【フランス革命ごっこ、とっても楽しかったんですっ! あれがいですっ!】

「エリザベスちゃん、フランス革命ごっこの続きをしようね」 

 マミちゃんの言葉に、エリザベスは叫び声のような悲鳴を上げる。

【うれしいいいいいいいいいい。なんて幸福なのおおおおおおおおおおお】

 ……どんな遊びしてるんだよ。

 そう思って、私は小さくため息をついて家に入った。

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