真夜中のバスの客

たまにバスを運転していると、不思議な客が乗ってくる。

例えば、終点に着いたのに全然降りず、ただ一点を見つめる乗客。

降車ボタンを押し続ける乗客。独り言をブツブツ呟く乗客。

俺は障害者なのだろうと思い、あまり気にしなかった。

だか、ある真夜中に乗ってきた客は一段と不気味だった。






俺は、朝から決められたルートでバスを運転していた。

車椅子の客の手伝いや怪我人やお年寄りの人の手伝いなどをした。

大好きなバスの運転をしながら人の手伝いだなんて俺にとっては気分が良かった。

バスが「回送」になり、いつも通りの場所にバスを返す。

そして、営業所の休憩場所で休憩。

これが俺流バスの運転手の一日の流れだ。

「ふぅ~」

自販機のコーヒーを購入して飲む。

とても気持ちの良い朝だ。

バスの運転手は大変だけど、やりがいのある仕事だと思っている。

「こんな日が続けばいいのに……」

だが、バスと自動車の衝突事故が起きた。

事故要因は、バスの運転手の不適切な運転によるものだと言う。

死人が出てなかった事が不幸中の幸いだ。

そしてバス会社側は自動車の運転手に謝罪し、損害賠償として慰謝料を払った。

事故を起こしたバスの運転手は、懲戒解雇となった。

自業自得だな。

休憩場所で俺が思っていると

「事故を起こす直前バスの運転手の様子がおかしかったって聞いた」

俺の後輩同士が話し合っていた。

「おかしかったってどんな風に?」

「詳しい事は聞いてないが、何か誰かに取り憑かれたかのように変わったんだって」

「取り憑かれた?」

「普段優しかった運転手が突然暴れ回って事故を起こしたって……」

「何だそれ。言い訳だろ?」

俺もバスの運転手の苦しい言い訳だと思っていた。

バカバカしい。


「杉山くん。悪いけど事故を起こした彼の代わりに真夜中の運転を頼みたいのだが……」

社長に呼び出され、社長自ら頼まれた。

「水野社長に頼りにされているのは嬉しいですが、流石に真夜中の運転は……」

「君にしか頼めないんだ!」

「わ、分かりましたよ」

こんなにお願いされるとかえって断りにくい。

「本当か!? 是非よろしく頼む!!」

普段大人しい社長が懇願するとはどういう風の吹き回しなのだろう。

そして俺は、真夜中のバスを運転する事に。


「ハァ……」

真夜中のバスは、乗客が少ないのであまり乗り気じゃないのだ。

「チッ事故を起こしたから俺が代わりに運転する羽目になったんだ……だいたい……」

ブツブツ愚痴を言っていると

バス停留所に一人の男が立っているを見つけた。

こんな時間に人が……。

不思議がりながら俺はバスを止めた。

しかし、男は止まったまま。

乗らないのか?

そう思い、バスを発車しようとした瞬間男が乗ってきた。

男は定期をかざして一番奥の席に座った。

きっとこんな時間まで残業させられて疲れているんだろう。

そう思いながらバスを運転する。

三十分経ってもバス停留所に人の気配が無く、バスに乗っているのは俺と謎の男だけ。

ってか、この人いつ降りるのだろう。

距離的に三十分経ったら終点だ。

その間に降りて貰えたら助かるのだが……。

すると、いつもは通れる目の前の道路が交通事故で立ち入り禁止となっていた。

事故現場を見てみると、自動車が電柱に衝突していた。

うわっまた交通事故かよ。

俺は、バスを一旦Uターンしようとした。

「あの、運転手さん」

「は、はい。何でしょう?」

「終点に行きたいんですけど……」

「あ、そうですか」

やっぱり終点に降りるのか……じゃなくて!

「すみません。終点に着く道路が現在交通事故で通れないんですよ」

「…………」

俺が答えたら男は黙ったまま。

「お客様?」

「そのまま直進して下さい」

「はい?」

「いいからっ!!」

男は髪で目が隠れていたのにこの時だけ髪が乱れ、男の目が見えた。

その目は、早く終点に着きたいというイライラではなく、ただ直進してくれという願いそのものだった。

「は、はい!」

危ない運転はしたくないが、俺は謎の男の言う通りに従う事しか出来なかった。

「すみません。退いて下さいっ!!」

バスを直進しようとアクセル全開で踏む。

「うおっ!? 何だ!?」

「そこのバス、止まって下さい!!」

事故を起こした自動車の運転手が驚き、警察が止まれと警告する。

だが、バスは止まらない。

「危なーーい!!」

キキーッ



ん?

どうなったんだ?

思わず目を瞑った俺は、状況を確認しようと目を開ける。

すると……

目の前にあった自動車の衝突事故現場が跡形も無く消えていた。

「どういう事?」

混乱していると、謎の男が口を開く。

「ほらね。何ともないですよ」

男が何か不思議な力を使って直進したんだろうという考えしか今の俺には浮かばなかった。

「お客様。一体何をなさって……」

「いいから終点まで走らせて下さい」

「わ、分かりました」

全く意味が分からない。


三十分間俺の頭は先程起きた出来事でいっぱいだ。

男は何者で、俺の身に一体何が起きてるんだ?

そしてそのまま終点に着いた。

やっとこの激務が終わる。

普段真夜中の運転しないからどっと疲れたな。

さて、明日折角の休みだし、何しようか。

今日起きた出来事を忘れようと明日のスケジュールを考える。

すると……

「ありがとうございます」

謎の男がバスを降りる。

その瞬間、終点先の異様な匂いが漂ってきた。

何だ……この匂いは……。

俺は、匂いの正体を掴むべく謎の男と共にバスを降りる。

そこには……


「墓地?」

なんと墓地が広がっていた。

昼間の墓地は怖くないが、流石に真夜中の墓地は何かと怖い。

先程感じた異様な匂いが墓地中を覆うような気がした。

薄気味悪いな……。

そう思いつつ、俺は墓地中を歩く。

体感的に五分経った頃、俺は異様な匂いの正体を掴んだ。

「絶対これだな……」


が墓に置かれていた。

その人骨の周りには蝿が集っていて、お供え物には漁っていたカラスの死骸があった。

最近では無い事が確かだ。

う……早くここから立ち去ろう。

鼻を摘みながら墓地から立ち去ろうと来た道を引き返す。

そういえばあの男は……。

「ここに連れてきてありがとうございます」

唐突に後ろから話し掛けられて俺は驚く。

「ど、どうもこちらこそありがとうございます」

お礼を言ってさっさと帰ろうと後ろを振り向かず歩き出そうとした時、

「ここの墓地のほとんどがバスや車の衝突事故で死んでいった者達が多いんです」

謎の男が喋ってきた。

「さっきあなたが見ていた人骨、あれ

「え!? あの時の事故は死人が出なかったと聞いたのですが……」

「あ〜それは車の運転手が死んでなかったからそんな嘘を言ったんです。あの事故……

「嘘……でしょ……」

「バス会社は、それを隠蔽しようと事故を蔑ろにした。私は許さない」

男は敬語からタメ口になった。

「許さないって……まさか……」

男は髪を掻き分けて、言った。

「俺の彼女を死なせた罪、お前に償ってもらおう」

俺は、自動車の運転手の顔は知らなかったが、これで悟った。

「何故俺なんですか! 不適切な運転をして事故を起こしたあのバス運転手が当然悪いですよ!」

「違うんだよ。あのバス運転手は、お前がわざと俺の車と衝突事故を起こしてこいと命令されて、まるで取り憑かれたかのように気が狂って事故を起こした」

「ち、違う……」

「何故そんな命令をしたか……簡単な事だよ。だったからだよ!」

謎の男の正体を俺は知っている。

順風満帆だった彼女との生活。

しかし、この男によって生活は狂い出した。

彼女は、この男と浮気をして俺と別れた。

「だから俺は、社長に頼んでお前をここに連れて来た。そしてさっきの事故を直進して俺ごとお前を殺そうとした。なのに死ななかった。不思議な力ってあるんだね」

その力は、この男そのものの願いだったかもしれない。

俺をここに連れて来る為に。

「怒りが収まらなかったんですよ。俺の彼女を奪っておいて……」

ずっと男の話を聞いて俺は怒りが込み上げてくる。

「本当はあの時後輩のせいにしてお前を殺そうとしたのに、何故彼女だけが死んだんだ……」

「そもそも……後輩に罪を擦り付けるなんてみっともないな」

「うるさい!! 俺は、どんな手段を使ってもお前を殺したかったんだ!! でも捕まりたくなかった……」

「これでようやくお前のクズが滲み出たな」

「お互い様だろ。で、俺をどうするつもりなんだ?」

「フッさっき言ったろ? 俺の彼女を死なせた罪、償ってもらおうと……」

男は、拳銃をポケットから出し、俺に銃口を向けた。

「彼女の人骨がある墓で死ぬなんてお前にとっては本望だろ?」

「そうだな。本当はお前を殺したかったんだが、気が変わった」

俺は、覚悟を決める。

「このまま生きたらバス会社の嘘がバレて会社は倒産。そして俺は逮捕される。そんな未来が見える。だが、今ここで死んだらそんな未来は終わる」

「フッどうやら死ぬ覚悟が決まったようだな」

「そうだよ。そして最後に一言言わせてくれ」

「何だ?」

「彼女との生活は楽しかったか?」

俺の最後の質問に男は笑いながら

「楽しかったぜ」

と、答えた。

何故そんな質問をしたのか。

それは……

彼女との生活は充分楽しかったからだ。

これで確認できた。

俺にはもう悔いはない。

彼女と共にこの墓地で人骨に成り果てるだろう。

それだけで俺は幸せだ。

そうして男は拳銃を発砲し、銃弾は俺の心臓へと入っていく。


俺は、真夜中の最終バスを終えたと共に人生も終えた。

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