あめふり

『あめあめ ふれふれ かあさんが じゃのめで おむかい うれしいな ピッチピッチ チャップチャップ ランランラン』


子どもの頃、雨の日に必ず歌っていた歌がある。

誰もが知る童謡『あめふり』だ。

あの頃は歌詞の意味が分からなかったが、今の私には分かる。

まさか歌詞にとんでもない事が隠されてたなんて思いもしなかった……。




6月の梅雨の時期。

私は、寝坊して遅刻しそうになった。

急いで準備して、家を出る。

「何やってんの」

いつも一緒に登校している親友のあかりが、傘を差して家の前で待っていた。

「ごめん。昨日夜更かししてて」

「ったく。遅刻したら私も怒られるじゃないの」

「そこは責任取るから」

「じゃあ、後でジュース奢ってね」

「分かったよ」

そうして私たちは、学校へと向かった。


「いやーすごい雨だね」

あかりが話を切り出した。

「ここ数日ずっと雨だよね」

「ろくに遊べないじゃん。最悪~」

梅雨の時期は、ジメジメするし雨で濡れるし本当に最悪だ。

「まぁ、もうすぐ7月で夏休み来るからあと少しの辛抱だよ」

高校に入ってから初めての夏休み。

そう思えばこの梅雨を乗り切ることができる。

「うぅ~確かにそうだけど憂鬱だ~」

私もこの時期だと憂鬱になる。

いや、誰もが感じるだろう。

ザーザーという雨の音を聞きながら小走りで私たちは学校へと向かう。

すると、あかりが


『あめあめ ふれふれ かあさんが~』


突然、『あめふり』を歌い出した。

「急に歌い出してどうしたの?」

私が聞くと

「子どもの頃、この歌を歌っていたのを思い出してつい歌っちゃった」

頭を掻きながら照れるようにあかりが言った。

「ふふっ、だったら私も歌おうかな」

「お、ノリいいね~」


『かけましょ かばんを かあさんの あとから ゆこゆこ かねがなる ピッチピッチ チャップチャップ ランランラン』

『あらあら あのこは すぶぬれだ やなぎの ねかたで ないている ピッチピッチ チャップチャップ ランランラン』


勢い余って三番を歌っていた時、目の前に傘を差していない少女がずぶ濡れで電柱の側で佇んでいた。

「ねぇ、あかり。あの子……」

「うん。ちょっと話し掛けてみる」

別に怖くはなかったが、何故か寒気がした。

きっとこれは、雨のせいだろうと自分に言い聞かせていた。


「そこの君。こんなところでどうしたの?」

あかりが少女のもとに歩み寄り、話し掛けた。

少女はガクガク震えていて、今にも死にそうだった。

「お母さん……」

少女は、小声で言った。

「お母さんって……」

「迷子じゃない?」

こんなところで迷子だなんて、可哀想に。

「ねぇ。君、名前は?」

「名前……れい……こ……」

「れいこちゃん。いい名前ね」

あかりが褒めると、少女は少し笑った。

良かった……まだ元気だ。

「お母さんを探してるの?」

「うん」

やっぱり迷子か……。

「あかり、この子のお母さん探す?」

「んー探したいのは山々だけどこれじゃ遅刻しちゃう」

「だよね」

あ、そうだ。

私は少女に歩み寄り、私の傘を差し出す。

「はい、これ。あげる」

「お姉さん……いいの?」

「いいよ。風邪引くと困るもんね」

「……ありがと」

「ふふっあとで私たちでお母さんを探してあげるからここで待ってね」

「うん」

そう言って少女と別れた。


私はあかりの傘に入って小走りで学校に向かっていた。

「優しいね、みのりは」

「れいこちゃんを見過ごすことなんて出来ないよ」

「あんたって娘は……だから好きよ」

「ふふっありがと。私も好き」

私たちは親友同士の関係で、別に恋愛感情なんてものは持っていない。

ただ、私とあかりは赤い糸で結ばれている。

そう思いながら、私たちは学校に着いた。


授業中、私はれいこちゃんの事が気になって仕方がなかった。

早く助けたい。れいこちゃんの笑顔をもう一度見たい。

窓を眺めながら思っていた。

すると……


校門にれいこちゃんが立っていた。

「え!?」

思わず立ち上がり叫んだ。

「種村! 授業中だぞ!」

「すみません」

もう一度校門を見る。しかし、彼女の姿が消えていた。

校門辺りを探しても、どこにも居なかった。

おかしいな……。


授業が終わり、私はあかりに事の顛末を伝えた。

「みのりの見間違いじゃない?」

「本当にれいこちゃんが居たんだって!」

信じられない事態に巻き込まれてしまった。

そして私は、一つの可能性を見出した。

「もしかしてれいこちゃん幽霊なんじゃ」

「霊感ある私にとってれいこちゃんは確実に幽霊じゃないと思う」

そう言えばあかりは昔から霊感があるんだった。

「そう……だよね」


学校生活の一日が終わり、放課後になった。

私たちは急いで帰りの支度を済ませ、学校を出た。

案の定、雨が降っていた。

私はあかりの傘に入って小走りで電柱の場所へと向かう。

すると……


「ん? れいこちゃんの匂いがする」

校門に差し掛かるとあかりが奇妙な事を言い出した。

「そんな筈ないって。さ、行こ」

私はあかりの手を握り、行こうとした。

しかし、前に進めない。

足が動かない。

何者かに止められているようだ。

「何なのこれ。早くれいこちゃんのところに……」


「お母さんは……いない……」

っ!?

突然、れいこちゃんの声が聞こえてきた。

「れいこちゃん……れいこちゃん!!」

私は彼女の名前を何度も叫び続けた。

見えない少女に向かって……。

「どこに居るの? れいこちゃん!!」


『かあさん ぼくのを かしましょか きみきみ このかさ さしたまえ ピッチピッチ チャップチャップ ランランラン』

『ぼくなら いいんだ かあさんの おおきな じゃのめに はいってく ピッチピッチ チャップチャップ ランランラン』


突然、あかりが無表情で四番、五番を歌っていた。

「あかり……」


「お姉さん……傘貸して……」

見えない少女の声が木霊するかのように聞こえてくる。

「いいよ」

あかりが無表情で自分の傘を差し出した。

「ふふっ、ありがと」

少女の声は薄れていき、やがて聞こえなくなった。

その途端、雨が止み、晴れ出した。

「な、何だったの……」

足が軽くなり、私はその場で座り込む。

「あれ? 私、何を……」

あかりがいつもの表情を取り戻した。

「記憶がないの?」

「記憶?……まぁいっか。というか、私の傘は!?」

「……。多分、あの電柱にあると思う」


れいこちゃんと出会った電柱には、私の傘とあかりの傘。そして、花束が飾られていた。

「やっぱりれいこちゃんはこの世には居なかったんだ」

「という事は……れいこちゃん幽霊だったの?」

「幽霊というか、"魂"かな?」

「魂……」

「うん。れいこちゃんの魂が霊体となって亡くなったお母さんを探していたら私達と出会った」

「お母さんの死を受け止められなかったんだね」

れいこちゃんの真実を知った私たちは、れいこちゃんが亡くなった電柱に手を合わせた。

「傘を差してくれるお母さんだったんだろうね」

「それで傘をあげたみのりの事が気になって追いかけて学校に着いた」

「……あかりの傘も欲しがってあんな事をしたんだね」

私たちの目には、大粒の涙が流れていた。

「れいこちゃん……お幸せに」





後から聞いた話だが、『あめふり』の三番以降の歌詞にはれいこちゃんのような少女の怨念が込められており、歌ってしまったら"言霊"となって幽霊や魂を呼び起こすのだと言う。

悪霊を呼び起こすのが多いらしいのだが、私たちには、優しき魂が目を覚ました。


『あめふり』を歌うには、厳重に注意しよう。

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