第25話

「旦那様。ホクトのことなのですが。あれで許していただけないでしょうか」

 あぁ、殺されるのは慣れてまして。

「慣れるのはいけませんよ」


 慣れたくないのだけれど、貴女の妹さんによって慣れないといけない状況が続いてます。


 彼女を抱えたまま走っていた。職業柄、人に見つからないのを得意としているので兵士に見つかることなく帰れている。


「旦那様。重くありませんか?」

 柔らかいですよ?

「答えになっていません。そうですか。そうですか。喜んでいただけるなら」


 少し微笑んでいる彼女の奥に見慣れた三人がいるのが見えた。相手はまだこっちに気づいていない様子でいまかいまかと待っているのが見て取れた。


 走るのから歩いて気配を出すとちょうどトウマの前だったので彼女が最初に気づいた。


「わっ! 吃驚した!」

 お待たせしました。


 躓かないよう両足を地面につけた彼女に飛び込んできたのは、


「おかえり、ねぇね!」


 うれし涙いっぱいの妹たちだった。

「ホクト。旦那様に謝りましたか?」

「うん。お願いしたらねぇねを連れ帰ってきてくれた」

「ほら、やっぱり。旦那様は私たちの願いを叶えてばかり。三人とも心配ばかりかけてごめんね。もう、大丈夫だからこれからは一緒にいてね」


 大団円。


 なんだか、よい雰囲気で終わってしまって心地さに浸れるとき。


 なのに俺は頭を抱えて現実逃避をしていた。


 どうしよう、マジで、どうしよう。


 絵に描いたように頭を抱えていると指先で肩を叩かれた。見ると戯れ合うのに飽きたのかこっちを気にしてくれたのかなんだかんだいって頼りがいのあるトウマがいた。


「なんだよ。なんだかんだって」


 軽く愚痴りながらしゃがんでいる俺の隣に並んで、耳元に口元を近づけて彼女は云う。


「色々と迷惑かけてごめんねあるじ様」


 両手で筒を作っているあたりがあざと可愛いトウマだった。性格が一番見た目と同じく幼かった人間がお胸みたいに成長したのはなんという皮肉でしょうか。


「あのね、あのね、あるじ様。あれあれ」

 見たくないです。

「何したの? 全員、真剣な顔してるけど?」


 背後を見るとずらりと葡萄色の制服を見つけた兵士がずらりと並んでいる。率いているのは勿論三人の女性だった。ずっと、背後に気配が追いかけてきてるのは知っていた。知っていて無視していたらこうなるわけで、奪えばこうなりますよねぇ。


「奪う?」

 誤解が生まれまして。

「旦那様が私たちのために国家に喧嘩を売りまして」

 売ってませんよ。


 声の方をみれば全員戯れ合うのが飽きたのかいつも通りの三人も並んでこっちを見て話している。


「やきもちを焼いているのかもしれません」

「なんで?」

「旦那様に君たちが好きだと告白されまして」

「そうなの? お姉ちゃん、僕も?」

「姉上、自分も?」

「ねぇね。手前は?」

「全員です」

「なんかいい気分! あるじ様、ぎゅっとしてあげようか!」

「お人形さんにしてあげる?」

「私はお食事を作ります」

「まあまあ、みんな、嬉しいのは解るけどご主人様は疲れているのだからそれぐらいにして、色々迷惑をかけた手前が謝罪として二人っきりの夜の営みを犯してからでも」

「「「手前が云うな」」」

「ぶひぃ、もっと、もっとぉ!」

 自由。

「旦那様」


 ナンノはいつも通りに居住まいを正している。


「どうなさいますか? 掃除しますか?」

 ゴミ扱いにしなきゃ気がすまないの?

「え? あの大量の玩具と遊ぶの? 僕も殺る!」

 云い方ね。

「腕が鳴る。味付け任せた」

 料理じゃないですからね。

「ぞくぞく」

 貴女が一番攻撃的なの知ってますからね。


 このままだと、絶対戦争なるでしょ?


 この人たち国家と戦えちゃうもんなぁ。


 意気揚々となっている四人の前に出て腕を交差した。


 みなさん、聞いてください、選択肢は一つです。

「やりますか?」

 いいえ、逃げます!

「即答ですね」

 超怖いですから。逃げますからね? 俺は一人でも逃げますから? 四人を置いて逃げる。いいですか? 宣言しましたからね。一緒に逃げないなら置いていきますからね?


 必死に振り絞った俺の気持ちを聞いて四人は顔を見合わせた。


「ぎゃははは! そう云うと思ってた!」

「うふふ」

「にやり」

「あはは」

「了解しました。旦那様」


 有能なメイドさんは俺より一歩だけ前へ出ると、軽く四本指で線を引いた。引かれた地面が綺麗に割れて谷ができた。

 …………。


 うん、何これ?

「足止めです」

 そういう意味じゃなくて。

「さあ。逃げましょう。そっちが先決ではありませんか? 旦那様」

 あ、うん、そうですね。さっさと逃げましょう。


 逃げ足で一歩前へ出る。


「旅人さーん!」


 遠くから声がする。


 五人で振り向いて声のほうを眺めた。三人の女性が好意的な表情で手を振っている。柔らかい声色が心地よく夢現へと連れて行くほど警戒心というモノがなかった。ちょろいので初めからそんな人たちだった。


「旅人さん! ワタクシたちはアナタを必ず奪いに行きますから! また! まぐわいますから!」

「「「「…………」」」」

 え? こっちも狂人でした?


 ざくざくざくざく。


 八つの目玉が体を刺すイメージが如実に表れる。


 どっと汗をかいて横目で後ろの四人を確認すると、鋭い視線がこっちに刺さっていた。


「泥棒様。あの三人からは何を盗んだのでしょう?」

 あれ? こっちも誤解されてない?

 これ、こういうのを俺は望んだんだっけ? 違うよね?

 その、とりあえず鋭い視線を送るの止めてもらっていい?

 無理そう? 駄目ですか?


 これはあの三人のところへ逃げたほうが安心できるのでは?


「旦那様」

「あるじ様」

「ぬし様」

「ご主人様」


 あ、その、とりあえず、怖いから逃げてから怒られている原因を考えてきます。やっと用済みになったので俺はこれで、じゃ!


 あれ? 動けない? 捕まってる? おや? みなさん、凄く美しい笑顔ですね。全員手を放してもらっていいですか?


 狂人たちとの旅。


「貴方様」

「私たちは」

「従える者として」

「気持ちを汲み取るのが当然です」

「だから、感謝してもしきれない恩返しのために」

 ひっ。

「「「「貴方ヲ絶対ニ逃ガサナイ」」」」

 …………。


 よし、狂人たちから、俺、逃げます。


 また、終わらない冒険、始まりました。

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悪人 道茂 あき @nameless774

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