第11話

 自動車を運転して思う、どうしてこうなった?


 天井にいたホクトを再び助手席に押し込めて俺は運転している。後部座席には三人の女性が座っている異様な光景が出来上がっていた。年齢は十代後半といったところで三者三様であって髪の色だけは白で共通している。


 彼女たちは皇女だという。聞いてしまいたくない事実はとりあえず闇に葬っておこう。


「ホントに助かりました。もしも、偶然乗せてもらわなければ魔物にまた襲われていたかもしれません」


 にこやかにアビルと呼ばれた杖を持った女性は云っている。


「地上で魔物に何度も遭ってたまるかよ」

「…………」

「声を張れ」

「あたしたちに護衛は任せて」

「勝手に決めるな。これからする交渉の予定が」

「交渉? もう乗せてもらってるけど?」

「そ、そうだな」


 険しい顔つきのアダチは声が小さくなるアラキの発言についてたしなめていたけれど、事実を伝えられた内容について渋々了承すると険しさが少し取れた。


「お礼のお話は後後にしますとして、ワタクシが第一皇女アビルです。魔導士をしております。はい、次」

「次?」

「自己紹介は自分でしてください」

「どうしてしなきゃ」

「恥ずかしいのなら代わりにしてあげましょうか?」

「第二皇女アダチ。錬士!」

「はい。よくできました」

「なっ!」

「次」

「第三皇女アラキ。錬金術士。よろしくね?」

「はい、以上です。詳しく知りたいなら訊いてくださいね。ちなみに種違いの姉妹なのでそんなに顔は似てませんよ。容姿は似ていますけどね」

 赤の他人にベラベラ喋っていい内容なんですかね?

「旅人、解ってるだろ? これ機密事項だから知ってると処刑だから漏らさないようにな」

 いや、勝手に罪を着せられても?

「お喋りなこいつを黙らせていたツケが回ってきた」

「喋らせとけばよかったね。堂々と喋れば噂になる程度」


 声が小さくても運転席後ろのアラキの声はよく聞こえた。その左隣のアダチは頭を抱えているのがミラでぎりぎり視認できる。そんな二人を気にする様子もなく喜々として左隣のアビルは口を開いた。


「小さい頃から身体を鍛えてきましたからイメージは合わないかもしれませんけど、冒険職もできます。魔物が来てもご安心ください」

 知ってます。

「しかし。魔物が日中地上にいるのはおかしいですね? 少数ならあるかもしれませんが多数となると疑問を抱かねければなりません?」


 アビルは首を傾いでいる。


「魔物を討伐する。あたいらにできるのはそこだろ?」

「原因が解かればないかしらの進展があるのかもしれませんよ?」

「進展があっても、やっぱり魔物の討伐に落ち着く」

「そのとおりですね。お仕事の話はこれぐらいにしておきましょうか。旅人さんがつまらなそうですよ」


 俺の表情は見えないはずなのに軽く手を合わせてアビルは音を鳴らした。


「魔導士の話をしましょう」

「結局、仕事関係の話」

「え? 他に話題があるなら募集します」

「あたいらの話題はこんなのしかなかったのか」

「世界の話は無駄ではありませんよ。旅人さん。魔導はご存知でしょうか?」


 否定を込めて首を振った。


「そうでしょうそうでしょう。世界が移り変わっていくのと同時に語彙も変化していきますからね。英雄の一族とか血族とか意味は同じでも言い方が違ったりします。そのときの気分で使い分けるだけでニュアンスが合っていれば、相手に伝われば事足ります。てりゅうだんとしゅりゅうだんのような感じですね。


 魔導士というのはですね。魔力を道具へ伝え導く人を指します。ワタクシでいえば杖がそうですね。杖を介して魔力を具現化するために要します。杖は判りにくいなら銃はどうでしょう。魔力を弾丸に具現化して要する。うーん。こっちのほうが解りやすいですね?」

「最初からそっちで例えろよ」

「魔力は眼には映りません。なんとなく自分の中にあるエネルギィを見えるようにしているのです。熟練の方なら魔力をイメージし魔術を発動させられますがエネルギィは多く消費してしまったり、失敗してしまったりするリスクを防ぐために道具はあります。魔術士と魔導士の違いは道具を媒体させるかしないかの違いなんです」

 だったら。

「初めから魔導士と呼べばよかったと思うでしょう? そうなんです。だから、ワタクシが魔導士という言い方を広めています!」

「お前の造語かよ! 真面目に聞いて損したわ!」

「魔術士と魔道士では後者の響きがたまりませんね。大魔導士アビル。第一皇女もやってます」

「だから、バラすな! それに皇女を宣伝にすな!」

「公のときの紹介ですよ」

「だから、逆だろ!」

「大魔導士になってるのは訂正しなくていいの?」

「旅人さんどうでしょうか。カッコいいと思いません?」


 わんやわんやと騒がしい中、隣に座っているホクトが遠くを眺めて口元の広角をあげた。


 ホクト、どうしたんですか?


「いいえ。ご主人様」


 彼女が声を出すとぴたりと三人は黙った。


「言い方が違えても意味は同じ言い得て妙ね。ご主人様、見えるかしら? あそこに集落が」


 ちらりとホクトが指を向けている方を観た。


「ここでも人間同士が争ってる」


 遠く見える集落から黒煙が上がっているようだ。視認できるのはそれぐらいでけれども、平穏無事であるようには思えないのがひしひしと伝わるほど空を濁らせている。


 うわ、近づきたくない。


 ハンドルを切ろうとするとがしり、と後ろの誰かに手を握られた。振り向くと眼前に真剣みを帯びた女性の唇に触れそうになる。


「旅人さん、我が儘でごめんなさい。そこの集落へ向かってもらえないでしょうか? ワタクシたちは争いを鎮圧させる義務があるんです」

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