2.Same Shit Different Day

 湿気のほとんどない空気を吸って、吐く。地の果てまで続こうか、と言わんばかりの長さの滑走路には陽炎が立ち、空を見上げれば抜けるような青。遠方には通信衛星代わりの通信気球が高空に浮かぶ、といった具合。航空機の管制設備は老朽化しており、錆びこそ浮いていないが、真新しいプレハブのハンガーに比べれば古色蒼然で、鳥の楽園と化している。男たちの仕事場となっている飛行場をスケッチしてみれば、そんなところであった。社員二人にしては不釣り合いに規模が大きいが、アメリカはテキサス州全体の通信気球を管理する無人機の発着の下請けをしているため、これでも比較的手狭であった。これが峯宇とラフマンの興した会社、M&R航空の拠点である。創業10年のまだまだ若い会社だ。


「また撃ちに行かないとなあ」


「バードストライクで事故だなんて洒落にもならんしな」


 中央に駐車し、ブリキのバケツをもって滑走路を歩く準備しつつ、手を上げて別れる。3000メートル級の滑走路が一本であるが、実際に使うのはその半分以下である。軽量な無人機が主体であるため、それほど長い滑走路を必要としていない。にもかかわらずこれほど長い滑走路を持っているのも、かつての州軍基地の滑走路を維持する代わりに格安で貸与を受けられる、という状況に手を上げたのがM&R航空であったのだ。

そんなバカな物件になぜ、などと言われたものだった。3万メートル以上を飛べない状態にもかかわらず、そんなものに手を出すなど、というのはなるほどある程度の正当性はあった。


そうして、その答えは彼らの懐の温まり具合であった。それなりに温まっているし、衛星がそのうち使えなくなるのは自明の理であり、打ち上げも出来なくなる。となれば、大気圏内の気球による通信が復活する、とにらんだのが大当たり。地元の名士とまでは言わないまでも、まあまあ業界内で名前は知られている。という状況である。


 ねじを拾い上げ、飛ぶ度まあ固定してるはずなのにポロポロと落ちるものだ。と峯宇は毒づきながらバケツに入れ、また周囲を見回して歩き始める。折り返し地点で反対側に向けて歩き、同じことを続ける。朝のルーチンワーク。


「メンテボット、取り換えた方がいいな。固定してるはずのなのにねじが落ちてやがる」


「離陸時に落ちてるわけじゃなさそうだから、着陸時じゃねえかな……」


「だといいけどな」


 そう二人で話し、古式ゆかしい車輪式の車に乗ってプレハブのハンガー、ショップに戻る。クーラーの利いた車の中から、同じように冷房の入ったハンガーに戻るまでの少しの間に、地獄のような熱気を覚え、うめき声をどちらも上げた。入口に張り付けてある温度計はトリプルスリー、華氏を超えていたが、これは日が当たってしまっているからである。庇をつけないと、とぼやいた。


「あー、そろそろ車の燃料が切れるな。街に戻って入れ直さないと」


「別にウチの燃料そのまま入れても良いだろ。水素だし」


「ラフマン、ラフマン」


 そう言って、峯宇は名前を二度読んで注意を促す。


「それは脱税だ」


「言ってみただけさ。それにそろそろ食糧庫の中身、俺達用の燃料を増やさないと死ぬしちょうどいいだろう」


まあそうだな、と短く返し、メンテナンスを担う無人機の整備を始める。ダクテッドファンが二つ並び、折り畳み式のアームを下部に装備している。空中にある気球に何らかの故障が発生した場合、検査を行い、部品交換が必要ならそれを持たせて交換作業を行うが、その交換実務はM&R航空が担うわけではなく、アームのコントロール権を気球の運営会社に引き渡す、といった具合だ。気球を降ろしてのメンテナンスも行うことはあるが、基本的には浮かべたまま整備を行う。そのためのダクテッドファンである。


 無人機の整備をするためのメンテボットはいるが、最後の目視点検は自分で行う。そのため、各種の整備機材に、旋盤や航空機に使えるグレードのファンブレードなどもその気になれば作れる3Dプリンターなどもあり、自前でなんとでもなる状況でもあった。


少し前までは常駐の運営会社側の技術者が居て、ハンガー内に部品もストックしていたが、あまりのへき地のためについにストライキを起こされたのであった。


「今日は定期整備以外の交換の連絡来てるか」


そうラフマンに聞くと、いんや、とばかりに手を振る。


「来てないな。今日は日日整備だけのはずだ」


「本当にそれだけだと良いけどな」


「峯宇よ、勘弁しろよ」


 なにか厄介なことがありそうだ。というのがお互いの感想である。もっとも、仕事の面の話ではなかったが。





「よう」


そう言って、軽く手を上げて挨拶をする。ラフマンは燃料を入れる帰りに、航空機用のジャンク部品を売っているジャンクヤードに立ち寄ったのだ。自前で部品を作ることも無論可能なのだが、問題はプリント時に権利料の請求がネットワークから行われるため、無事な部品を取れるジャンクを探すのも仕事のうちである。峯宇は飛行安全の都合上、駄目になっているものから部品をとっても駄目になっている可能性が高い、と良い顔をしないが、そうは言っても権利料を毎回払っていると立ち行かないし、不正を働くよりはよほどましで、敗北時に何も考えていない連中が放り捨てた「まともな部品」もそれなりにあるのである。


「なんだ、ご立派な社長が何の用だ」


 気難しい顔の黒人が顔を出している。金属の切削くずがエプロンといわず作業服といわずにへばりついており、つい先ほどまで何か作業をしていたことがよくわかる。ラフマンが特に気にせずに握手をしようとすると、油まみれだから少し待ってくれ、と言って手をあげた。


「社員二人で両方社長の会社で立派も何もないだろう」


「何言ってやがる、稼いでんだろ?」


 若干水気の残った手で握手してきた男の名前はユージン・バラード・タスキーギ。黒玉のような肌と、世の中を皮肉ったような口許が特徴の男は、航空機メーカーに居たが、自分の手で航空機を飛ばすのに夢中になって、ついにはハジケて仕事を辞めたような男であった。


「稼がせてやってるんだからそりゃわかるか」


「まあな」


「出物はあるかい?」


「峯宇に怒られるだろ」


「帳簿にブシドーは通用しないぞ」


「そりゃそうか」


 そう言うや、棚に目を止める。


「なんだか古風な部品をわざわざ並べてるな」


「お、わかるかい。そいつはジェット時代の航空機の部品なんだ。エルロン・トリム・スクリューだっけな」


「1000年前の部品!そりゃすごい」


「まあ骨董的な価値は無いがね。どうだい、買うかい」


「……いくらだい」


「15ドルでいいよ」


「安いな。どうしてだ」


「そりゃあれだよ。グリーネマイヤーって知ってるか?」


「……ってことはこれ、F-104の部品か。自分で組み立てたっていう伝説の」


「15ドルで売ってやるから、もし作る気になったら俺を載せてくれよ」


「練習機仕様を組めってか。面倒な事を言ってくれるな」


 厄介なことが起こった。そう、峯宇の予感は当たったのだ。たった10センチほどの小さな部品。それが、厄介で、飛び切り大きな夢を乗せてきた。

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