1.黄昏の時代

「お前たちの単位系で3万メートル以上での飛行を禁じる」


明快なメッセージが、軌道上の艦隊から発された。外交官は問いただしたものの、帰ってきた答えは無情なもので、一言である。


「例外はない。海抜ゼロメートルから3万メートル以上の高度を飛行するものは有人無人、知性体であるか否かを問わず全て撃墜する」


それだけである。反骨精神を体現したバカが時折宇宙機で上昇し、いずれも容赦なく撃墜された。有人無人関係なく、だ。なるほど例外は確かに無かった。


 混乱は当然あった。言うまでもないが、恒星間経済が前提となっていて、政治的、経済的中心が地球から外れていった時代とはいえ、ありとあらゆるシステムは交易網に繋がれていることが前提となっているのだ。データのやり取りそのものは可能であったが、手を差し伸べることが不可能な助けてくれ、という悲鳴のコーラスを聞き続けたい奴はいない。没交渉、とまではいかないが、やり取りをする意味そのものが薄れてしまった。地球は混乱はあったものの、自給が出来る程度に人口が減っていたのも幸いだったとも言える。


 そのうち、恒星間通信用のワームホールゲートがエキゾチック物質生成のエネルギー不足で崩壊し、恒星間の即時連絡は途絶え、太陽系内では細々と通信が繋がってはいるが、往時とは比べ物にならない。

徹底抗戦を主張していた軍の人間たちも、高度3万メートル以上に上がらない限りは撃たれるでもなく、なんともならないことが続くうち、振り上げたこぶしを振り上げ続けるのに疲れ、やめにした。他の者たちも、しぶしぶ現実を受け入れ、嘆息して空を見上げ、毒づいて仕事に戻った。


峯𡧃とラフマンは、というと、さて困った、とつぶやいた。飛行学校の戦闘機パイロット課程を通過したものの、肝心の戦闘機で戦う相手はほぼ居なくなってしまっていた。地球の国家群は痕跡こそ残っていたが、今となってはほぼ無意味になってしまっており、例えばNORADは一応存在していたし、対異星人については対応を行っていたが、内部の敵、となるとせいぜいがサンタの迎撃位である。内紛にしたところで、そこまで激しくはならなかった。


 結局、地球は太陽系の中心ではあったが、人類帝国全体の中心ではなかったし、その立場に固執もしていなかったため、十分に人類を地球は養える程度に収まっていたのである。

そうして、峯𡧃とラフマンは任官しようにも、早速の軍縮でいきなり予備役編入になってしまったのである。


「本当にこれからどうする、ラフマン」


「地元に帰ろうかと思ったが、なあ」


「どうしたんだよ」


「パイロットになるといって飛び出したんだ」


「おれもだ」


 日本出身の峯𡧃に、カナダ出身のラフマンが北米の旧アメリカ一帯でわざわざ軍に志願したのは、要するにそういう事であった。人類愛に燃えて軍に志願しようという青雲の志が、とかそういう話だったならともかく、内惑星系の空軍に志願した、という事は、単に地元が嫌で飛び出すついでに、手に職の一つでも。と言ったようなものである。二人とも短気なインテリそのものである戦闘機パイロットになったのは、まあそういうことであった。思い切りが良すぎるきらいがあった。


「考えがあるんだ」


「言ってみろよ、峯𡧃」


「まず初めにさ、ラフマン、民航機なんてトロいのに乗りたいか?」


「戦闘機に志願した人間が乗りたいものじゃないだろうな。トロいかどうかはともかく。民間に就職してパートタイムでアメリカの州軍に志願する道を選んでない時点でお察しだろうが」


「あとはあれだ、お前も俺も軍に残らなかった時点で、顎で使われるのはあんまり好きじゃない方だろう」


「でなきゃ規則を破って屋上でお前とだべってないな」


「会社をやろう、ラフマン」


「ほー、あてがあるのか」


「俺が社長でお前が副社長。まあ、追々大きくしていくにしても、暫くはお互い上に誰も居ない状態にできるだろ」


「峯𡧃か俺か、どっちが社長をやるかはまあ議論の余地はあるが、悪くはないな」


「決まりだ」


「決まりだな」


 そうして、そうなった。

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