富岡八幡 ―― 恵比須様と八幡様

 小さな紙片がテーブルの端っこにこんもりとなっている。

 その小山を、家人が両手で覆い隠すようにしながら、この中から一枚を引くように僕に言う。

 何でも、次の日どこに行くかを占うためのくじだという。

 果して僕が引き当てた紙には「富岡」の文字があった。

 これは「富岡八幡宮」を指しているのだそうな。

 富岡八幡と言えば、東京深川の神社が有名で、僕たち二人組も何度かお詣りに行ったことがあるが、この籤が示す富岡とは、かのお宮のことではない。

 横浜の京急富岡駅の近くにある富岡八幡宮のことである。こちらのお宮にも、僕たちは何度かお詣りをしている。

 そもそも、深川の八幡様の本家筋に当たるのが、こちらのお宮であり由緒も古い。

 八幡の名が冠されてはいるけれども、もともとは、鎌倉から鬼門の方角に当たる当地に、源頼朝が摂津の西宮にしのみやから戎神えびすしんを勧請したのがおこりだという。今でも「浜の恵比寿様」と一般に称されることも多い。ちなみに、西宮の恵比須様は、新年の十日戎とおかえびすに行われる開門神事で福男選びがあり、毎年これが全国的に報道されて有名になっている。

 当初は頼朝によって戎神が祀られた当社だが、創建から三十数年後の安貞元年には、八幡神が合祀され、社名にも「八幡」の文字が入ったと言われる。何でも、八幡大神が富岡の地に顕現遊ばし、自身を祀るよう沙汰されたとする伝承もある。

 要するに、このお宮、八幡様であると同時に恵比須様でもあるという、実におめでたい神社である。

 戎神はもともと海洋に関係の深い神様であるが、こちらの神社の立地も海辺にごく近く、木々の茂った小高い丘の上にある。応長の大津波の際には、この鎮守の杜山が盾となって付近の集落を守ったとの逸話もあり、「波除なみよけ八幡」とも言われる。

 夏越なごしはらえの時期には、青茅あおかやで拵えた舟に罪穢つみけがれを載せて海に流す、珍しい祇園舟の神事が行われており、僕と家人も十年程前、その大祭の日に参詣し茅舟かやぶねはらえに立ち会って、茅の輪のお守りを頂戴する機会を得た。

 ただ、その後、ここ数年は特に理由はないものの足が遠のいており、長らくご無沙汰が続いていた。冒頭に書いたように、紙片の山から「富岡」の籤を僕が引いたのは、そろそろ挨拶に来るようにとの神様の思召しかも知れぬ。


 籤の翌日、何年かぶりに京急富岡駅で下車した。ここから十五分ほど歩けば神社に到る。

 表参道の入口、朱塗の鳥居の下には一対の狛犬。鳥居をくぐって石段の上の境内にも更に一対。いずれもなかなかに個性的で見応えのある面魂である。調べたところ、石段下のものは天保年間、境内のものは大正年間の作らしい。海辺のためか、或いは関東大震災の影響も幾許いくばくかあるのか、石造りの彫像にいささかの風化や破損が見られる。しかるに、またそれも味わいである。

 境内は落葉や塵埃が実に丁寧に掃き清められている印象で、まさに神宿る場にふさわしく、清浄たる雰囲気が心地よい。

 狛犬を過ぎて手水を使い、ご本殿に敬礼きょうらいした後は、右手の末社にもそれぞれ礼拝らいはいする。こちらは、熊野権現、稲荷明神、祖霊社となっている。

 一通りお詣りを済ませたところで、八幡様と恵比須様、それぞれの御朱印を頂いた。朱印帖にご記入いただくのではなく、あらかじめ用意された紙を頂戴する方式である。

 平日の参詣であったが、僕たち以外にも参拝者が少なくなかった。年が改まって半月にもならぬので、初詣の方もあるのかも知れない。

 境内の周囲の鎮守の杜では、小鳥たちがさかんに鳴き交わしている。山雀やまがらの声がするように思い姿を探すが見当たらない。そうしているうちに、僕の足許近くに青鵐あおじが二羽やって来てくれた。非常に可愛らしい。家人はこの鳥を目にするのは初めてだという。僕も、実際に見たのは何年振りだろうか。

 久しぶりにやって来た僕たちを歓迎するために、神様がお遣わしになったものだろうか。そう考えると、しみじみ嬉しくありがたい。


 さて、参拝の後は、直会なおらい付物つきものであるが、こちらについては稿を改めてご報告することといたしたい。



                         <了>







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