幻じゃなかったシウマイ弁當

 まず、今日は冒頭、謝罪から入らねばならぬ。

 昨日の随筆、「幻の食べ物」で、「幻の鮭入りシウマイ弁当は、あくまで幻として、取っておこう」と述べたが、これは訂正しておく必要がある。

 今日、ひょんなことから、鮭入りのシウマイ弁当が手に入ったのである。

 読者諸賢には、のちのち翻さざるを得ないような、いい加減な宣言を、安易に行ってしまったことについて、頭を低くして謝すものである。誠に申し訳ない。


 さて、きっかけは今朝のことである。

 昨日は、シウマイ弁当のために、僕が家人を外に誘ったのだが、今日は、家人の方から僕に、図書館に行こうとの提案があった。

 今日は日曜日である。

 日曜と言えば、翌日からは仕事に決まっている。土曜であれば、何も気にせずに一日を大いに楽しむことができるが、日曜ともなれば、どうしても月曜からの仕事のことが暗澹たる影となり頭を掠めてくる。ゆえに、日曜にはあまり頭脳も体力も消耗したくない。

 剰え、近くの図書館と言えば、坂を上った高台にある。曇り空とは言え、この盆過ぎの時期に、歩いて坂を上れば大汗をかいてしまうのは必定――

 いささか躊躇したが、家人は、僕が家にいたいのなら、一人でも図書館に行ってくるという。

 なるほど、それは家人の自由である。

 しかるに、家人を見送った後、独り家に残って留守番というのも、寂しいものである。どうも面白くない。ここはひとつ、思い切って、外に出て気晴らしをするか。図書館に行けば行ったで、色々な本を眺めて面白かろう。それに、昨日は僕の提案に付き合ってくれた家人の希望を、ここで無下に断る道理もなし――ということで、あまり表が暑くなる前に、一緒に連れ立って出掛けたのである。


 道中、日は雲に隠れており、時間も午前の早い時間とは言いながら、いささか危惧した通り、残暑は中々容易ならざるものがあった。歩いているうちに、額に脇に、背中に胸に、じくじくと水分がとめどもなく湧き出して来る。結句、随分と汗みどろになってしまった。

 ただ、これもまた良し。

 坂を上り切って、図書館の近くに着いて見れば、クサギの花がたわわに咲いており、これが非常に佳い薫りである。また図書館の中も、省エネ設定とは言いつつも、ある程度冷房が効いており、みるみる汗が引いて行く。


 しばらく書架を経巡りながら、色々な書物を手に取って、斜め読みしつつ時を過ごし、そのうちの何冊かは借りもして帰途についた。


 そして運命は、ここに舞い込んできたのである。


 途中、食材でも買おうかと、立寄ったある商業施設で、ふと、崎陽軒の売り場を覘いてみたところ、昨日あれほどまでに望みつつも、手に入れることが出来なかった商品が、何とも無造作に置かれているではないか。

 鮭入りシウマイ弁当である。

 昨日は払底していた当該弁当が、ケースの上に、何と十ばかりも積まれているのである。会計に並んでいる人も、わずか三、四人程度。

 チャンスである。

 さっそく列の最後尾に着くと、ものの二、三分で、首尾よく件の商品を手に入れることが出来た。

 ところが、振返ってみると、僕の後にも新たに人が並んできており、この分では、昨日の僕のように、臍を噛む人も少なからずいたに違いない。

 タイミング、運とは、実にこういうものである。

 それにしても、昨日はあのように悔しい思いをしたというのに、今日は労せずして簡単に、幻の弁当が手に入った。運命の神はまさに気まぐれである。


 さて、恋焦がれていた、期間限定の鮭入りシウマイ弁当。塩鮭の味やいかに?


 なるほど、悪くはない。塩味も程好く、鮭の品質も、大きさも、適切である。実に尋常にして、過不足の無い、鮭の塩焼き。

 しかるに、シウマイ弁当としては、どうであろうか?


 矢張りどうしても、この役割は、昔ながらの鮪の漬け焼の方が、しっくりと調和しており、落ち着いている。

 鮭君は、それはそれで、何らの落ち度もないのではあるけれども、何だかどうもよそよそしく、仮住まいの雰囲気である。

 聞くところによると、八月二十四日からは、再びもとの、鮪の漬け焼に戻るという。この崎陽軒の判断は、実に適切かつ健全であると考える。


 いずれにせよ、思いもかけぬ僥倖で、期間限定の鮭入りシウマイ弁当を経験できたことは重畳であった。

 願わくは、このようなことで、僕の命運がいたずらに消耗されざることを。



                         <了>



 なお、件の鮭入りシウマイ弁当の写真はこちらのTwitterをご参照願いたい。

 https://twitter.com/Surakaki_Hyoko/status/1561238134309892096






 

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