10 取材

 炎天下、駅からの道のりですっかり汗だくだった。この夏からノーネクタイが許可されたのが唯一の救いだったがそれでも暑い。平日昼間の空港、それも貨物地区では人影もまばらで、誰が見ているわけでもないのだからジャケットも脱いでワイシャツになる。それでも遮蔽物のないトラック駐車場を横切る時は照り返しと湿気で蒸し焼きにされている気分になった。やっと到着した事務所の自動ドアを抜けると、全身が冷気でコーティングされていくように感じる。

「お疲れさまです」

受付の人に挨拶しながら事務所の中に入ると、あちこちで無線が飛び交っていて電話もそれに負けじと鳴り響き、活気にあふれている。

「あ、晋ちゃん!」

それぞれの便ごとにAWBがわかりやすく振り分けられた棚の前に山近さんがいた。これだけ整頓されていれば書類紛失で慌てることもないだろう。山近さんの傍らにはメモ帳を持った、まだ幼さが残るスタッフが二人立っていて、俺に気づくとたどたどしく会釈する。こちらもお辞儀をして返す。ギャルっぽさがなくなって可憐な雰囲気の山近さんが近づいてきた。

「お久しぶりです。山近さん」

「ほんと久しぶりー、元気にしてる? なんか大変そうだって噂聞いたよー」

「まあ、それなりに大変ですけど、わりと元気にやってます。山近さんは?」

「私も元気だよ。今ね、この子たちにAWBの振り分けについて教えてたとこ」

二人を呼び寄せて俺のことを彼らに紹介してくれる。

「この人は、昔ここで働いてた宗方さん。本体の人だから、今はもう戻っちゃったんだけどね」

「どうも、宗方です。よろしくお願いします」

若い二人もそれぞれ自分の名前と、出身の専門学校まで紹介してくれた。

「ところで、楠木さんって居ます?」

「いるよー、あそこ」

山近さんが指差す執務エリアには、馴染みの顔が数人と、知らない顔がその倍以上あった。山近さんにお礼を言って事務所の奥に進む。事務所内のレイアウトも以前とは変わっていて、まるで別の場所に来たようだった。作業する席数が増え、パソコンもそれに合わせて増設されている。それぞれの机には立方体の箱に入ったホッチキスや電卓が備えてあった。事務所の中を歩いていると緊張と嬉しさが混ざった妙な感情になってくる。スーツ姿の人間は目立つのかあちこちから視線を感じる。

「お、お疲れさまでーす」

挨拶をしたが声が少し上ずってしまった。席に座って作業する見知らぬ顔の人たちに怪訝そうに見上げられたあと、後ろの方から馴染みのある声が返ってくる。

「あ、宗方さんじゃん」

無線片手にパソコンで作業していた桃井が立ち上がった。事務所の奥に向かって声を張り上げる。

「楠木さん! 宗方さん来ましたよ!」

遠くの席で電卓を叩いていた楠木さんが手を止めてこちらを見た。

「あら? もうそんな時間かー、久しぶりー」

トレーニーらしき子に電卓を渡し、二言三言会話すると俺の方に歩いてくる。

「すみません楠木さん、なんだか間が空いてしまって」

「ううん、むしろ私達がバタバタしてて何度も延期してもらってごめんね」

「いえいえ。……でもいい雰囲気ですね、事務所」

あらためて見回すと、皆無線を取ったり電話をしたりと忙しなく働いているが、悲愴な雰囲気がまったくない。笑い声も聞こえてくるし、会話に関西弁が混ざっているようにも聞こえる。桃井も貨物便担当の席から立ち上がって話しかけてきた。

「桃井も元気そうだな。なんかイメチェンした?」

いつもプリンだった茶髪は黒く染められて、肩くらいの長さになっていた。

「うん、元気だよー。髪もちょっと大人の女目指そうと思って変えてみた、どう?」

首を回して後頭部まで見せてくれる。

「短いの似合うんだなーってびっくりした、いい感じじゃん」

「でしょー? 宗方さん今日は直帰?」

「うん、ここでの仕事終わったらそのまま終わり」

「じゃあさ、皆でご飯行こうよ、声かけてみるからさ」

「ああ、もちろん。ありがとな」

桃井は親指を立ててこちらに向けると、無線で指示を出しながら上屋の方へ去っていった。

「じゃあ宗方くん、会議室行こうか」

楠木さんに連れられて事務所の奥の廊下に出ると、突き当りにある会議室に入る。

「じゃあ、ちょっと座って待ってて。呼んでくるから」

「あ、すみません、俺ちょっと飲み物買ってきていいですか? 駅から歩いて来たら喉乾いちゃって」

楠木さんは笑顔で頷くと、小走りに廊下を駆けて階段を昇って行った。俺は鞄とジャケットを椅子に置いて執務エリアに戻るとカップ飲料の自販機の前に立つ。三段に陳列された商品見本を端から端まで眺めた。

「……やっぱ、無いか」

アイスコーヒーが抽出されるのを待つ間、取材用のカメラで商品見本の一部分を撮影した。かつてコーンスープがあった場所には、夏季限定と書かれたラムネソーダが置かれている。アイスコーヒーを持って会議室に戻ると、俺に気づいた女性がこちらを振り向く。

「あ、お待たせしてすみません。コーヒー買ってました」

「いいよいいよ、ひと息いれてからで」

佐原さんは相変わらず飄々とした雰囲気で、こちらをまったく緊張させない。テーブルの反対側に回り込んで、俺も椅子に座る。

「いやあ宗方さん久しぶりだねえ。びっくりしたでしょ、事務所の中が変わってて」

「はい、誰がどこに座ってるのか全然わからなかったですね」

「もうさあ、人が増えちゃったでしょう。私達なんか座るところなくなっちゃってさあ、今、休憩室改造して業務してんのよ」

「え、そうなんですか」

「そうよー、まだ内線工事も終わってないもんだから来客があるたびにこうやって誰かに呼びに来てもらってんの。ねえ楠木さん、悪いねえ」

佐原さんの隣に座ってニコニコしている楠木さんが首を振る。

「いえいえ、あの管理職用スペースを提供していただけたので、皆、席の奪い合いをしなくてよくなったんですから。佐原さんの現場優先主義、ありがたいことです」

俺は手元に開いていたメモ帳に走り書きした。

「ちょっとちょっと、もうこれ取材始まってんの? なんか私がかっこつけてるみたいじゃない。やだーオフレコオフレコー」

佐原さんがゲラゲラと笑う。開けっ放しのドアの外までその声が響いていることだろう。そのドアから滑り込むように入ってくる人があった。香水の匂いがかすかに部屋に漂う。

「すみません、電話の相手がなかなか切らせてくれなくて」

浜島さんだ。長いさらさらの黒髪に天使の輪ができている。

「あ、久しぶり宗方くん。元気だった?」

メガネで目元の表情がよくわからないが、笑っているように見えた。

「はい、おかげさまで元気にしてます。……じゃあ、お三方揃ったんで、取材を始めさせてもらいますね」

ICレコーダーをテーブルの中央に置く。

「なんか緊張するねえ」

佐原さんが両手で顔を仰いでいる。

「すっかり広報部の人になっちゃって」

浜島さんはメガネを上げてこちらを凝視する。

「あの、私は管理職じゃないんだけど、いいのかな?」

楠木さんが少し不安そうにこちらを見る。

「はい、楠木さんは現在の人員計画において、特に関空と成田の間を取り持つ重要な役割を担われたので、ぜひお話を聞かせてほしいんです。佐原課長と、浜島課長代理にもそれぞれ、現在の教育体制や業務改革についてお話いただければと思います」

取材は笑いと苦労話を織り交ぜながら和やかに進んだ。大筋の内容は事前に知っていたものの、あらためて話を聞くと改革には綱渡りの部分も多かったようだ。それでも結果的に良い方向に進んだのは、やはり現場の底力があってこそだったのだろうと思った。広報部に異動してからいろんな職場を回って取材しているが、プロフェッショナルが現場にいるからこそ安全でスムーズな運航が実現できるのだと日々実感する。


 取材を終えて会議室を出ると、責任者席から威勢のいい声が飛んでいるのが聞こえた。

「ちょっとー、サンフラン誰ー! 早く〆ないと電話かかってくるよー!」

近づいていく俺に気づいて、厳しい表情が少し緩んだ気がした。

「お久しぶりです。祖父江さん」

「宗方くんじゃん。なにやってんの、スーツなんか着ちゃって」

「取材ですよ。佐原さんと浜島さんと楠木さんにお話を伺ってました。祖父江さんこそ出向から戻られてたんですね」

「そう。最近戻ってきた。どう、なんか一便〆てく?」

便担当の島を指差して、冗談っぽく笑う。

「いやいやいや、もうどうやって〆るのか忘れちゃいましたよ」

「まあ、そうなるよね。新しい仕事覚えるのも大変だもんね。実は私もこっちの現場は久しぶりで浦島太郎なんだよ」

そんな話をしていると、サンフラン担当の若いスタッフがフライトレコードを持ってやってきた。時計を見るとまだ出発からそんなに時間は経っていない。各担当者の席を見ると、以前に比べて一人当たりの担当便数がかなり減っていて、中には一便しか持っていない担当もいるようだった。

「じゃあ、祖父江さん、また」

「うん、頑張ってね」

祖父江さんは、やや粗暴な口調ながらも、若者からの質問に丁寧に答えていた。午前便のシフトだったらしい桃井の姿はすでに事務所内にはなく、代わりに個人用携帯にメッセージが入っていた。


「私も午後のシフトじゃなかったら行きたかったんだけど、また機会見つけて飲みにでも行こうー。今日は皆と楽しんでね」

「はい。お忙しいところ、いろいろと取材の手配をしていただいてありがとうございました。楠木さんも頑張ってください」

手を振る楠木さんに見送られながら事務所を後にした。歩きながら横目で見る上屋の中は今日も貨物で満たされていて、フォークリフトがその間をスムーズに行き来している。桃井からのメッセージに返信をすると、そのまま待ち合わせの場所へと向かった。


「宗方さん! お久しぶりです!」

少し早かったかなと思いつつ指定された居酒屋に到着するとすでに藤嶋が来ていて、時間に余裕を持って行動する藤嶋らしいと思った。藤嶋は伸びた髪にゆるいパーマがかかっていて、メイクもなんだか大人っぽくなっている。休みの日にもかかわらず来てくれたことも嬉しい。そのあと、時間ちょうどに桃井がやってきた。

「お疲れー、二人とも来るの早いね。山近さん来たら始めよっか」

山近さんは少しだけ時間に遅れて到着した。申し訳なさそうに手を合わせる。

「ごめんねー、ちょっとお昼寝したつもりがすごい寝ちゃってた」

とりあえず各自が飲み物を選ぶと、桃井が店員さんを呼び止めテキパキと料理と一緒に注文してくれる。まもなく飲み物が運ばれてきて、桃井が音頭をとった。

「それではー、暗黒期メンバーかんぱーい!」

「かんぱーい」

ビールを一口飲んだところで、疑問を口に出す。

「暗黒期メンバーってなに?」

「え? うちの会社の暗黒期に居たメンバーだよ?」

桃井がお通しの枝豆をつまみながら返事をする。

「ちょうど晋ちゃんが出向で来てた時代が一番しんどかった暗黒期ってことになってるね」

山近さんがざるの豆腐をすくいながら補足説明してくれた。

「なんだかそう考えると、俺が疫病神みたいな感じもしますね……」

ちょっと冗談のつもりで言ってみたのだが、藤嶋が箸を置いて体ごとこちらに向き直る。

「そんなことないですよ! 宗方さんのおかげで暗黒期脱出できたんですから!」

フォローしてくれた。優しいのは変わっていない。

「ありがとう。藤嶋。……そういえば、丸本は元気にしてるのかな」

「うん、輸入でまったりしてるっぽいよー。たまに書類持って輸出の事務所にも来る。またぽっちゃりに戻って幸せそうにニコニコしてるよ」

桃井の話からもう丸本が問題なく働いていることが伺える。療養から復帰後、輸入に異動したことまでは聞いていたが、詳しいことは知らなかったので順調に働けているのなら何よりだと思った。

個室の暖簾がふわりとめくれる。

「あ、もう飲んでる」

立っていたのは森村だった。

「ごめーん、森村来んの遅かったから先に始めちゃった」

悪びれずに言う桃井。

「いや、まあいいですけど」

森村は店員さんからおしぼりを受け取りつつ、ビールを注文する。

「森村、家から来たの?」

なんとなく訊ねると、真顔で

「家から来なかったらどこから来るんですか」

と返ってきた。確かにそうだ。

「いや、休みの日に遠いところから悪いなと思って」

続けて言うと、森村は少し困ったような笑顔でフンと鼻を鳴らした。

「一応通勤してる範囲内だから大丈夫ですよ。気にしないでください」

「あー! そっか、森村もう引っ越したんだっけ? 忘れてた」

森村を今日の飲みに誘った桃井が少し気まずそうな顔で言う。運ばれてきた料理を受けとりながら山近さんが質問する。

「森村っち、新居はどう?」

「んー、広いですね」

「2LDKって言ってたもんねー、いいなあ……、新生活」

藤嶋が心底羨ましいという表情でつぶやく。桃井も森村の新居に興味津々の様子で訊ねる。

「津田沼って家賃安いの? あたしもそろそろ実家から出たいんだけど、今さら寮ってのも違うかなーって思ってて」

「えー、寮にしなよ、皆いるし楽しいよー」

山近さんが桃井の腕を掴んで揺らす。

「まあまあ安いんじゃないですかね、都内に比べたら」

だし巻き卵の大根おろしに醬油を垂らしながら、森村が答える。

「そりゃ都内に比べたら安いでしょ。でもさすがに津田沼は遠すぎるな。八千代か佐倉あたりにしとこうかな」

桃井はそそくさと携帯を取り出すと家賃相場を調べ始める。わりと本気で実家から出たいようだ。

「そういえば、今日の取材ってどうだったんですか?」

話題を変える藤嶋に、森村が

「取材?」

と聞き返した。俺が回答する。

「今日、佐原さんと浜島さんと楠木さんに人員計画と教育体制について取材に行ったんだよ」

「ああ、それで成田に来たんですね」

「え、森村、宗方さんが今日来た理由知らなかったの?」

桃井が携帯から視線を上げて言う。

「はい、知らなかったです。成田に来るっていうのは聞いてましたけど」

森村は暖簾をめくって顔を出すと、店員さんに向けて手を挙げ、空になった俺のジョッキを指差してくる。

「あ、じゃあビールで」

「生ビール、中ジョッキ二つください」

空のジョッキを店員さんに渡しつつ注文してくれた。

「取材は、すごく良かったよ。その、暗黒期……のことだけじゃなくて、それより前の話とか、あと最近の話とかも聞けて、知らないことがいっぱいあった」

「佐原さんも念願の課長になったしねえ」

桃井はコロッケにソースをかけながらしみじみと言う。

「念願?」

森村が聞き返す。

「ちょっと森村、いくら少年みたいな顔してるからって、物知らなすぎじゃない?」

桃井が呆れたようにため息をつく。

「まあまあ、森村っちは新生活とかいろいろ考えることがあって忙しいからさー。教えてあげようよ」

いたずらっぽく笑う山近さんが事情を説明してくれるようだ。

「佐原さんはあの事務所で一番社歴が長くて、輸出に居るのも一番長い人なの。その経験を認められて十年くらい前に課長になる話があったんだって。当時の輸出入部長は、なんとうちに転籍する前の國井さんだったらしくて、國井さんが佐原さんを課長に推してたみたい」

「國井さんと佐原さんって関係なさそうですけど、なんで國井さんは佐原さんを推したんですか?」

俺が訊ねると、今度は桃井が解説を続けてくれた。

「國井さんは関空から来たってことで成田の大ボスである事業本部長の東田さんからいじめられてたんだって。東田さんって関空派閥をライバル視してるから。だから國井さんは東田さんの息のかかった本体の人間じゃなくて、プロパーの佐原さんを課長にすることで東田さんの影響力を弱めようとしたらしいよ」

さらに山近さんが引き継ぐ。

「でもね、國井さんの目論見に気づいた東田さんが猛反対したんだって。結局佐原さんの課長昇進はなくなって、代わりに課長代理って役職を新しく作って現場を佐原さんに任せつつ、課長の席には東田さんが推す人が座ったらしいよ」

そこまで話すと、ファジーネーブルを飲んでひと息ついた。代わりに桃井が続ける。

「佐原さんは勢力争いに振り回されちゃったってこと。ちなみに國井さんはその件で決定的に東田さんに目をつけられて、その後いじめられた末に子会社であるうちの会社に転籍になったってわけ」

「お二人ともよく知ってますね……」

藤嶋が感心している。桃井が得意げな顔で自分と山近さんを親指で指す。

「あたしたち、っていうか山近さんがよくアウトサイドの偉い人とかと飲みに行くから、そこで仕入れた情報。今度藤嶋も行く? 楽しいよ。おごってくれるし」

「ああ、はい、機会があれば……」

俺もここまで詳しくは知らなかったものの、今日の取材における佐原さんと浜島さんのオフレコ愚痴話から、なんとなく状況は察していた。

「國井さん、どうしてんだろねー」

桃井が森村を見ながら言う。

「なんで俺の方見るんですか」

「だって森村、國井さんとマブだったじゃん」

「桃井さん、会話の中にヤンキー言葉混ぜるのやめた方がいいですよ」

森村が指摘する。

「え! マブってヤンキー言葉? え? まじで?」

信じられないと言わんばかりに藤嶋の方を見る桃井だったが、

「私は、あんまり聞いたことない言葉ですね……」

と返されてしまった。桃井は携帯でなにやら調べ始める。

「森村って國井さんと仲良かったの?」

俺が訊ねると、森村は桃井に向けた冷ややかな視線を外しこちらを見る。

「まあ、國井さんが退職される少し前くらいから、飛行機の話とかよくしてました」

「國井さんっていつ退職したんだっけー?」

山近さんが宙を見つめて考えている。結構酔ってきているのかもしれない。

「二月末で退職されたので半年前ですね。最終出社日には雪が降っていました」

藤嶋が確かな情報をしっかりと答える。

「今ごろ國井さん、世界の空港巡りとかしてんのかなー。楽しく過ごしてるといいね」

以前じじい呼ばわりしていたことを考えるとえらい態度の違いだが、桃井は本心から言っているように思えた。

「東田さんを追い出せたのも國井さんのおかげだしね」

山近さんは安心したような笑顔を見せた。誰とでも仲良くなれる山近さんは東田さんからの覚えもめでたかったが、それでもあまり好きではなかったようだ。

「あと、宗方さんのおかげでもありますね」

藤嶋がこちらを見る。

「いやいや、俺はただ、情報提供しただけだし、それに水瀬さんから森村のこと聞かなかったら、気づかなかったしな……」

森村の方に視線を移すと

「何度も言いますけど、ランボルギーニと一緒の写真撮られたこと全然恨んだりしてないですし、むしろ宗方さんには無実を晴らしてもらって感謝してますから、もうそういう顔するのやめてください」

と言われた。

「そういえば、陽ちゃん元気?」

山近さんに訊ねられた森村は一瞬だけピクリと眉を動かしたが、

「まあ、元気ですよ。今日は夜勤だって言ってました」

つまらなそうな口調で質問には答えた。訊いたら怒られそうな気がして避けていた話題も、山近さんから訊かれると冷たくあしらうことができないようだ。実は皆この話を聞きたくてうずうずしていたのか、桃井は携帯から顔を上げ身を乗り出し、藤嶋もおしぼりを握りしめながらまっすぐな視線を森村に送っている。ところが森村は話を俺に振ってきた。

「宗方さんの方が詳しいんじゃないですか? いつも水瀬さんと一緒に飲みに行ってるし」

桃井がにやにやしながらこちらを向く。

「宗方さん! ヤキモチ焼かれてるよ!」

森村が間髪入れずに「うるさいですよ!」と言うと桃井が大げさに「おーこわ」と震えあがって見せた。山近さんが手を叩いて笑っている。

「宗方さんは水瀬さんとよく飲みに行くんですか?」

藤嶋があらためて質問してくる。真剣なまなざしになんだか俺は心が折れそうになった。

「まあ、水瀬さんが羽田から津田沼に帰る途中の駅で俺も働いてるから、たまに飲みには行くよ」

携帯の呼び出し音が鳴る。正確には呼び出している音、がスピーカーから流れていた。

「……はい、水瀬だけど、なに」

「あ、水瀬さん? 桃井ですけど、久しぶりです」

「うん、久しぶり、どうした?」

「今日、宗方さんが成田に来たんで、皆で飲んでるんです」

「陽ちゃ~ん、元気?」

「誰だ今の? 山近か?」

「あたりー」

「酔っ払ってんな、他、誰がいんの?」

「あの、藤嶋です。ご無沙汰してます」

「おう、藤嶋ー、元気?」

「はい、おかげさまで元気にしています。水瀬さんはお元気ですか?」

「ぼちぼちかなー、羽田で楽しくやってるよ」

「それはよかったです。成田にご用があるときは事務所にも立ち寄ってください……。あの、宗方さんは、なにか話さなくていいんですか?」

「え? 俺はいいよ、先週飲んだばっかだし」

「あ、宗方くんじゃん、元気?」

「いや、先週会ったじゃないですか」

「そうだっけ、なんか夜勤があると日付の感覚わかんなくなるな」

「水瀬さん! 森村になんか言わなくていいんですか?」

「桃井ー、お前も酔っ払ってんな。……森村、居るの?」

「はい、居ますよ」

「牛乳買っといたから買って来なくていいぞ」

「わかりました」

「ヒュー! リアルー!」

「桃井うるせえよ。じゃあ仕事中だから切るぞ、またな」

「はーい、また近いうちにー!」

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