第13話

それからしばらく、居達さんはアンジェリンや千鶴子の部屋へは来なかった。そして千鶴子は相変わらず、アンジェリンが一人でいると部屋ヘ入って来た。          最初はそれでもバスルームのドアを、自分の部屋に入れない様に鍵をかけていたのだが、そうすると千鶴子はいつまでもしつこく入れてくれと頼んだ。            それは余りにしつこいので、アンジェリンは仕方無く開けて入れた。そしてもうどうせ 同じだからと、鍵をかけるのを止めた。  そうして又二人きりのババ抜きをさせられたり、下らない話に付き合わされた。    彼女は、居達さんが早く何とかしてくれるのを期待して待っていた。         ある日、ドリーがアンジェリンに真っ青な 顔をしながら話しかけて来た。      この時、千鶴子は自分の部屋にいなかった。                  そして芝やんは、この大学に通う日本人学生がキャンパス外に借りている普通のアパートに、半同棲みたいな感じで住んでいたし、後には、彼の助けで、一人でアパートを借りて出て行ってしまった。          「アンジェリン!アンジェリンが言っていた事、あれって本当だったんだね?!」   「エッ、何が?」            「千鶴子だよ!!千鶴子の事。」    「何、どうしたの?」          「こっちに来て。」            ドリーはアンジェリンの腕を掴んで千鶴子達の部屋へ行こうとした。         「嫌だよ、あっちヘ行くの。」      「大丈夫!今、千鶴子いないから。」    ドリーは真剣な表情をしてアンジェリンを 見つめる。               「お願い!!早く一緒に来て?!」   「何なの〜?」             アンジェリンは仕方無いからドリーと一緒に千鶴子達の部屋へ入った。        ドームの部屋は長っぽそくて、前と後ろに別れていた。それは大きな長い机で分けられていて、机の前には棚が付けてあった。   ドリーは千鶴子側の部屋にアンジェリンを 連れて行くと、机の棚を指差した。    「ほら、あれを見て!」        「何?あれがどうかしたの?」      そこには電気スタンドが棚に付けられていた。これはアンジェリンやドリーも同じ物を近くの店で買って付けていた。      そのスタンドには長くて大きな蛇のぬいぐるみが巻き付けられていた。その蛇は口を開いていて、中からは長い舌が出ていた。   そしてその絡めてある蛇は棚の下に顔が向く様になっており、その下には机の上に置いてある小さめのピンク色の兔のぬいぐるみが 置いてあった。             その兎は元々はアンジェリンの従兄弟で4つ下の女の子が、アンジェリンが16歳の誕生日にプレゼントとして買ってくれた物だ。 自分の小遣いを貯めて買った物だ。    だが、千鶴子はそれを非常に気に入った。 可愛いといつも言っていた。そしてある時、自分が近くのドラッグストアで買った、  やはり小さめの黄色い兎と交換してくれと 言い出した。              アンジェリンは最初は断った。何故ならその兎は従兄弟が誕生プレゼントにくれた物だ。しかも従兄弟は同じ物を2つ買って、1つを自分の机の上に飾っていた。そしてアンジェリンが自分のも机の上に置いてあるのを、 お揃いだと言ってとても喜んでいた。   だからそんな物を交換などできないと、最初はずっと断っていた。だが千鶴子は物凄く しつこかった。そしてアンジェリンもその 黄色い兎を可愛いとは思っていた。    それで、余りにもしつこいし、今それを交換しても従兄弟には分からないだろうと思った。日本にそのうち戻った時には、その時に何か違う物か違うぬいぐるみを、おそろいの物を買って従兄弟にあげれば良いのではないかとも思った。その時はもう従兄弟ももっと年が上だし、今ももう15歳だ。だからもうお揃いごっこなどはしたくないかもしれない。それでもそんな風に考えて、アンジェ リンは兎を交換した。          千鶴子はめちゃくちゃ喜んだ。彼女はアメリカに来てから、ドラッグストアにある目に 付いた、気に入ったぬいぐるみを沢山買っては机の上や棚に飾っていた。こうした生徒達は他にも何人かいた。          そして今、アンジェリンはその兎が、真上 から口を開いた蛇に睨まれている姿を見て いた。                 「ねっ、見たでしょ?凄いでしょ、アンジェリン?!」               「見たよ。」              「やっぱりアンジェリンが言った通りだったよ。千鶴子っておかしいよ!だって、大体 蛇のぬいぐるみなんて買う?!私なら絶対に嫌だよ。」               「ドリーはぬいぐるみなんて持った事が無いんでしょう?なら、自分で買うなんてあるの?」                 「そう、無いよ!でももし買うとしたら、 私なら蛇なんて絶対に嫌だよ。気持ち悪い もん!!アンジェリンだって嫌でしょ?」 「うん、私も買わないな。」       「ほらね?しかもこの蛇の下に兎が置いて あって、丁度蛇が食べようとしているみたいじゃないの?こんな事、普通の神経じゃあ しないよ。」              「確かにねー。」             アンジェリンはだが余りドリーを相手にしなかった。ドリーとは仲が良かったが、少し 嫌にもなってきていたのだ。彼女も異常だと いう事に段々と気付いてきたのだ。    千鶴子との部屋替えを彼女が仕組んだのはもう少し後から本人に聞いたのだか、その前の出来事だ。               ドリーはアンジェリンに日本の住所を聞いた。アンジェリンは何故かと聞き返した。 ドリーは特に理由は無いと言うから、最初は教えなかった。             だが彼女は何度か聞いてきた。      何か変に思っアンジェリンが教えないと、 いつか将来日本で又会いたいからと言った。それでアンジェリンは教えた。      すると電話番号までも聞いてきた。しつこいし、手紙よりも電話番をかける方が簡単だからと言うので、まぁそれもありかもしれないし、もう住所も教えたのだからと思い、教えた。そして当然ドリーの住所と電話番号も 聞いた。                だが彼女は頑なに教えるのを拒んだ。自分は教えたのだからと言ってアンジェリンが怒ると、彼女は平気で何度もこう言った。   「だから、もうアンジェリンのを聞いたんだから!だから私から連絡を取るからそれで 良いでしょう?!何も二人共知らなくても片方が知っているだけで。」         アンジェリンがそれはおかしいし酷いのではないか、汚いのではないかと言うとそんな 事はないと言い張った。そしてこう言った。「アンジェリン、そんないにつまでも子供みたいに駄々こねないの!いい加減にするの!私は何度アンジェリンが聞いても絶対に教えないからね。そんなにしつこくするんならら、尚更教えないから。」        アンジェリンはその言い草に呆れ返った!!そうしてアンジェリンは、一方的に自分の 連絡先を上手く騙し取られたのだ。だからとても不快な思いをした。         だがこの教えた事で、更に不快な思いをする事になった。ドリーはアンジェリンの母親宛に手紙を送ったのだから!!       それは、アンジェリンが寮の部屋の自分側をきちんと掃除をしないし机の上が散らかっている。だが自分が注意をしても恐らくは聞かない筈だ。年が近いし、1個下の自分の言う事などに耳を貸さないだろう。だから母親の貴方からどうか注意をして下さい。叱って、きちんと整理整頓する様に言い聞かせて下さい、と言う内容だった。         だからしばらくすると、物凄く長くて厳しい内容の、母親からの注意書きの手紙が届いた。                  アンジェリンはそれを読んで非常に驚いた。激怒してドリーに文句を言った。     だがドリーは一つも悪びれなかった。アン ジェリンが悪いと言った。同じ部屋をシェアしているのにきちんと片付けないからと。 アンジェリンは千鶴子の様に服や下着を床に沢山脱ぎっ放しにしてなどいなかった。散らかしてなどいなかった。只机の上が片付いてなかっただけだ。            だからそれを言うとドリーは平気でこう言った。                  「でも机の上なら良いの?私だってそっち側に行けば見えるんだよ?」        棚は木の平面が机に着いていてそこに幅の狭い木を打ち付けて段を一つ付けて、本や物が置ける様になっていた。だからドリーの側からは机の上は見えない。互いに相手側のスペースヘ行かなければ見えない。そうしてプライバシーが保てていたのだ。       だから普段は見えないのだからかまわないとアンジェリンは思ったが、ドリーはとても そうした事には神経質だった。何せ策を練って千鶴子を追い払い、アンジェリンをルームメイトに替えた程なのだから。      だからアンジェリンはしばらくはドリーに 素っ気なくした。            すると3日目位にドリーから謝ってきた。 母親へ手紙を出したのは悪かった、ハッキリと自分の口から伝えれば良かったと。    お人好しのアンジェリンはドリーを許した。だが、不信感は少し残った。だが良い時も 勿論あったから、その内に 又普通になった。                  だから今、ドリーが千鶴子の机の上の蛇や 兎の置き方について騒いでも、又他人の机の事を言っている!確かに変だが彼女は狐憑きだ。ならそんな事もするだろう、と思った。「早く出ようよ?!千鶴子が帰って来ない うちに。」               「そうだね?こんな恐い事をするんだから。会いたくないもの、あんな子!」                 …でもドリー、あんたも恐いよ!!    だがドリーの奇行は彼女のエピソードでする事にしよう。今は狐憑きの千鶴子の話なのだから…。

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