第2話 ほんと鈍感なんだからっ

 「それ以上の痛みを受けている」


 その言葉が僕の頭の中で何度も何度も反芻する。


 いつもは2人で歩く帰路も今日は1人で歩く。


 物足りなさから、味気無さから、気まずさから逃れるべく何でもないことをまるで重要な事のように考え、そして結論に至る1歩手前で思考を止め新しい議題に移る。


 何か考えてるようで実際は何も考えていない。


 だけど議題のすべてに彼女は関わっていて、それが歯がゆくて、申し訳なくて。


 それゆえ結論をつけずじまいにして先延ばしにする。


 風になびく黒髪が目先に見えていても、今日はその香りを楽しむこと以外何もできない。


 いつもは僕が握っている華奢な指は肩にかけれれたスクールバッグに席巻されている。


 そんなスクールバッグが僕に向かって笑みを浮かべているように見える。


 あぁ、燃やしてしまいたい。彼女の肩から灰が流れるのを想像するとゾクゾクとした。


 アンバランスで危うい彼女の体には、綺麗なものよりも危険なものの方が何倍も似合う。


 溶けかけの蠟燭や鈍い光を放つ拘束具、緋色の斑点が目立つナイフに激しくしなる革製の鞭。


 だけど彼女の姿は僕の妄想する姿とは全く正反対で、どこもかしこもきっちりと規則正しい。


 スカートがひざ下なのはもちろん、胸のボタンはしっかり1番上まで締めていて、ソックスも学校指定の白いものを1番上まで上げていた。


 いわゆる清楚系で、だけど行き過ぎていて、だからこそ彼女は気味が悪い。


 背筋が凍るような、声が出ないような怖さがある。


 現代にも過去にもそぐわないであろう気味が悪いまでの行き過ぎた品行方正さは、彼女の恋愛観にも影響しているわけで。


 「いつまでくよくよしてるのよ」


 「それはお前の方だろ?」


 「はぁ?何言ってるのよ。私はこれくらいじゃへこたれないわよ」


 「どうしてだよ」


 「当たり前でしょ。あんたとはこれから一生一緒にいるのよ。こんなのこれからの長い時間から見ればゴマ粒程度の問題でしょう。私とあんたじゃ覚悟が違うのよ」


 ・・・・・・・・ね。怖いでしょ。


 「僕は君のことが確かに好きだけれど、君の気持ちに応えることはできない」


 僕は意を決して自分の気持ちを再度告げる。


 何度も放った否定の言葉でも、やはりどうしても口から滑り落ちる時にはどこかで引っかかって、いつまで経っても滑らかに滑り落ちることはない。


 思わせぶりな態度はおそらく何度もとっていて、だけどそれはすべて真実で。


 彼女に対して好きだという気持ちに偽りはなくて。


 彼女の指を握りしめることも、彼女の艶やかな黒髪に指を通すことも、彼女に寄り添うことだって何度もしてきたけれど、それは彼女に好意があっての行動であった。


 だけど、こんなことはもうやめよう。


 彼女との摩訶不思議で曖昧模糊でまやかしのような関係は今日でやめよう。


 僕は彼女の背中に強い視線を送りながら決意を固めた。


 そんな彼女は僕の視線に気づいたのか、くるりとまるで摩擦を感じないような華麗なターンで僕の方へ向き、そして儚く薄い薄氷の様な唇を開いた。


 「そんなこと関係ないわ。それに別に今まで通りで構わない。私はあんたを支配するって決めたの。私は1度決めたことを曲げるつもりはないし、あんたが何度断ってきたところで私の気持ちが変わることはないわ」


 彼女は淡々と、眉一つ動かすことなく告げた。


 僕は彼女の冷静沈着な態度と姿勢に畏怖の念を抱くのと同時に、体の芯が熱くなっているのを感じた。


 なんだろう。この奇妙な胸騒ぎは。


 収拾のつかない気持ちを落ち着ける暇もなく、彼女は続ける。


 「私はあんたを逃がすつもりは毛頭ないし、それにあんたを愛せなくなる可能性だって1ミリもないわ。それに・・・・・・・・あんたはすでに私に侵されている」


 それじゃあと彼女は体をさらに反転させ、歩き出した。


 僕は彼女の姿の前に呆然と立ち尽くすことしか出来なかったけれど、品行方正な彼女は力強い足取りで歩道を歩く。


 そんな姿に気を取り直した僕は、まるで彼女の奴隷なのだろうかと思うほどに彼女と同じ道をたどり、そして・・・・・・・・


 最近、家族総出で引っ越してきた彼女と同じマンションへと侵入していった。

 


 


 

 


 

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いつまでも年下でいたい俺と 枯れ尾花 @hitomu

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