04 鶴の頭

「その時こそ、おれたちの勝ちよ」

 そううそぶくと、新田義貞は、河越高重に聞いた。

「河越どの、その鶴翼の陣とやらはあの真ん中のが本陣なんだな?」

「……あ、ああ、そうだ」

「よしっ」

 義貞は親指で髭についた血を拭うと刀を振り上げた。

「つづけ! おれのあとにつづけ! 全軍、敵、鶴翼のを叩け!」

 義貞は近づいてきた幕府兵を蹴り飛ばして、そのまま敵中へと突入した。義貞の弟の脇屋義助も、迷わずその後を追った。

 それを見て呆気に取られていた河越高重だが、一瞬後に正気に戻り、そして笑った。

「……面白い奴だ。鶴翼の鶴の頭を叩くだと? 実に面白い! いいぞ、乗ってやろうではないか! 武蔵七党、つづけ!」

 おめき声を上げて、坂東武士の後継者たる武蔵七党も吶喊とっかんする。


 慌てたのは幕府軍である。

 ただひたすらに、幕府軍の真ん中に位置する――鶴の頭、本陣を衝こうとする新田軍。

 その勢いに、幕府軍総帥、桜田貞国は狼狽うろたえる。

「ばかな、鶴翼だぞ! 挟まれる前に、逃げるのが定石ではないか!」

 昨夜、義貞のが分かったと言っていたが、ここまでは予想していなかった。

 それどころか、今、鶴翼は右に左にと伸びきっており、貞国の号令を待ってから包囲攻撃をと、瞬間であった。

「……くっ、どうする」

 ここで貞国は、強引にでも全軍に挟み撃ちを命じるべきであった。あるいは全軍突撃を。

 だが貞国は躊躇した。

 何もせず、躊躇してしまった。

 そして、その隙を逃がすほど、新田義貞は愚かではなかった。

「かかれ!」

 義貞はまっしぐらに馬を飛ばして、本陣を猛襲する。

 義貞につづき、脇屋義助、河越高重らが雄叫おたけびを上げながら突撃する。

「死ねや! ここで幕府軍を破れば、多摩川ぞ! 武蔵野のぞ! 多摩川を越えて、相模さがみへ、鎌倉へ! 攻め入るぞ、者共! 死ねや!」

 死ねと叫ぶ義貞自身が敵中へ飛び込み、まさに死ぬ思いで右へ左へと刀を振るって、敵将を討たんとしている。

 それを見て、新田軍の将兵はたかぶるのだ。

 われもつづかん、と。


「これは……たまらん!」

 見る見るうちに、幕府軍は新田軍にいき、その過程で、長崎泰光の軍と加治二郎左衛門の軍は撃破されてしまった。

 こうなってしまっては、後がないのは幕府軍である。

 貞国自身までが討ち取られては、北条一門としての沽券こけんにかかわる。

「足利ならともかく……新田ごときに……!」

 貞国は無念ながらも、撤退を命じた。


 ……こうして戦いは終わった。

 義貞が叫ぶ。

勝鬨かちどきを上げよ!」

 新田軍は歓呼をもっこたえた。 


 次なる戦場は、多摩川、分倍河原ぶばいがわら

 その分倍河原にて、幕府軍、新田軍最大の激突が始まるのだが、それはまた別の話である。



【了】

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久米川の戦い ~新田義貞の鎌倉攻め、その烈戦~ 四谷軒 @gyro

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