第4話 ペアチケットの行方
「会長に、初めて小説書いてるのがバレて良かったと思いました」
「え、生徒会室案内したのに?」
「そこも勿論ですけど。今の話で少し一人で水族館に行く気持ちが軽くなりました」
水族館デート、憧れてる人も多いと思う。私も、他の人が書いた水族館デートがとても素敵で、自分の話でも絶対にいつかは書きたいと思っていたシチュエーションだ。
こんなデートをしてみたいと思ってる自分がいるのかと恥ずかしさを感じていたが、会長の言葉でモヤが晴れた気がする。
そう。これは私のためじゃない。主人公と男の子の物語のためなんだ。
モモちゃんもそうだけど、年上の人の言葉の力って凄いな。ストンと自分の中に落ちてくる。
「水族館、ね。いつ行くの?」
「明日行こうと思ってます」
「明日か……。友達とかは誘わないの?」
「あ、はい。取材で行きますし、メモしたり、写真撮ったり、一人の方が好きに動けるかなって」
それに、入館料は私たちのお小遣いに対して馬鹿にならない金額である。気軽に付き合わせるのも躊躇ってしまう。
「あー。水族館って高いもんな」
「うっ」
また、考えが見透かされた気がしたが、会長の視線の先を辿ると私のメモがある。
交通費などの必要予算を綿密に計算していた後を見ていたのだろう。
これはこれで、恥ずかしい。
「ネットでも調べられるじゃん。無理して行くこと、ある?」
ギリギリの予算を見られてる今、下手な言い訳は意味がない様な気がした。
ここまで赤の他人である会長に心配される私のお財布事情が憎い。
「確かに、会長の言う通りネットでもテレビでも水族館は見えます。……でも、どうしても水族館取材に行きたいんですっ。本物を見て感動する二人を書きたいんですっ!」
あの主人公と男の子に、水族館デートをさせたい。二人で、大きな水槽を見上げて欲しい!
どんなコースでデートするのか、雑誌を参考に実際に歩いてみて二人のことを考えたいっ!
この欲はお金には変えられないのだ。
「そこまで行きたいならいい提案があるんだけど?」
「へ?」
提案?
私が首を傾げると、会長は人差し指を立てる。
「俺と一緒にその水族館取材行かない?」
えっ!? 会長と!? 私が!?
「行かない」
「答えるの早いな」
いや、だって。一人で元々行く予定だったし、わざわざ会長に付き合ってもらう義理もないし、何よりも会長と行くから何だと言うんだ。
「だから、一人で行った方が効率的ですし。わざわざ会長と一緒に行く理由がないですよ」
「人の話は最後まで聞こうよ、伊鶴ちゃん」
「私の下の前覚えてるんですね」
「重要なのはそこじゃないだろ。これはお得な話なんだよ」
「お得、ですか?」
何か、ネットでよく見る怪しい痩せる薬とかの広告みたいな事言い出したな。この人。
「そ。実はね、持ってるんだよ。俺」
「何をです?」
会長、すぐに勿体ぶる。
「水族館のペア招待券」
招待券? それって……。
「俺と一緒に行けば、蟹江はタダで水族館に入れます」
「えっ! 凄いっ!」
千数百円が丸々浮くってこと!?
これは、お得だっ!
千数百円浮けば、本が一冊、もう少し出せば二冊も買えるっ!
「な? お得だろ?」
文句なしに、お得だ。確かに、お得だ。
だけど。
「でも、ペアって事は会長と行くんですよね……?」
学園ではこうして毎日会ってるけど、学園外なんて勿論初めてだし……。
それに、純粋にこの話に乗るのは悪いと思ってしまう。
「え? 俺と行くの純粋に嫌なの? 宇宙一俺と話すの楽しいは嘘なの?」
段々とスケールが大きくなってきている。宇宙まで出てしまうと、比べるものが最早ないと思うんだけどな。
「宇宙一は言ってないです。ペアチケットですよね? 私なんかで消費するのは純粋に悪いと思って。他の方と行かないんですか?」
それこそ、友達とかと行くべきじゃないか?
私の取材でその券を使うのは、正直勿体ないと思う。
「行かないって。大体、地元の水族館なんて小学校の遠足で行き飽きてるだろ。周りにも水族館が好きな奴なんていないし、俺もそんなに興味がないからどうしようかと思ってたし。使わないで捨てるぐらいなら蟹江の取材に使った方がいいだろ?」
「捨てるなら、まあ……」
いいの、かな?
「それに、蟹江の取材面白そうだし。俺はそっちに興味あるってことで」
「楽しい事、ないですよ? 私一人で写真撮ったりメモしたりしてると思いますよ」
「それでも良いって。お互いに良い話だと思うよ? 蟹江は金が浮くし、俺は捨てるはずだったチケット消費できるし、勿体ないこと何もないじゃん」
「本当に良いんですか? 私、会長に何もお返し出来ませんよ?」
「いいよ。蟹江はいつも仕事手伝ってくれてんじゃん? それのお礼」
「あれは、生徒会室を見せてくれた恩を返してるんですっ。新しい恩が出来ちゃうじゃないですか」
「え? そんなつもりで手伝ってくれてたの? 別に良いのに」
「でも」
「だからいいって。蟹江が小説書くの応援してるって言っただろ? これも応援の一つということで。いい小説書いてよ」
こんな事を言われたら、何も言い返せない。
「わ、わかりました。今回はありがたくお話頂戴いたします」
もう腹を括ろう。多分、会長もモモちゃんタイプだ。私を乗せるのがとても上手い。
「はは、蟹江らしい言葉のチョイス。あ、明日は現地集合でいい? 一人で来れる?」
「はい。道は調べたので大丈夫です」
「何時に集まる?」
「十時に入れる様に行こうと思ってました」
「じゃ、十時に入り口前集合な」
「あ、はい」
「何か見たいもんとか決まってるの?」
「イルカショーは抑えておきたいですね。あと、大きな水槽とか、ペンギンとか? その雑誌に書いてあったポイントは抑えておきたいです。何見ていいかわかんないので、手本を忠実に再現した方が無難かなって」
「ペンギン好きなのかと思った。俺のおすすめは蟹だわ」
「蟹? え? 蟹?」
「うわっ、地味って顔しやがって。高足蟹、凄いから」
「会長が好きなら、それでいいと思います」
「初心者が可哀想な顔すんな。絶対蟹江も高足蟹に感動するって。あ、これにイルカショーのスケジュール書いてある」
「十時半か十二時のショー見たいです」
「時間指定って事は、出てくるイルカ変わるの?」
「いえ、単に時間帯的に空いてるかなって。出てくるイルカ変わってるかは知らないですけど」
「あー、現実的。じゃ十時半の見るか。着いて速攻で席取ったらいい席取れるんじゃない?」
「入り口から結構遠くないですか?」
「地元なめんなよ。最速ルートは確立してあるから」
トントン決まっていく予定を書きながら、私は頷く。
でも、何か、これって……。
「よし、大体の予定決まったなー。何か、こう見ると、俺が蟹江と定番の水族館デートに行くって感じ」
胸が、静かに跳ね上がる。
上手く、会長の顔が見れない。
自分も、全く同じ事を考えていたなんて、知られたくない。
「す、水族館デートの取材ですし……」
「あ、通りで」
心臓がバクバクと音を立てて忙しない。
赤くなっている顔を見られたくなくて、必死に下を向く。きっと、今の私は耳まで真っ赤だろう。
「久々の水族館楽しみになってきたな」
「それは、良かったです」
いつもと変わらない会長の声が、どうしてか少し、悔しく思えた。
✳︎ ✳︎ ✳︎
別に本当にデートに行くわけじゃない。
行くのは、取材。取材のための水族館だ。だけど、制服じゃないし、ダサい格好は会長に笑われるかもしれないから、最低限のお洒落をしようと思っているだけだ。
そんな言い訳をしながら早一時間。部屋に数少ない私の服を並べて唸る。
まず、お洒落な服なんてないって事に。
「そもそも、制服以外でスカートとか持ってなかったな……」
身長が高いが故に、巨人やら男女と言われてきた。
自分でも、女の子たちが着る可愛らしい服が似合わないと思っていたので、故意的に女の子が着る様な服は選んでこなかった。
それでいいと思っていた。
どうせ、馬鹿にされるぐらいなら。
そう思っていたのに。
少しぐらい、可愛い服を着ていった方がいいんじゃないかと思ってる自分が頭を抱えて後悔をしている。
可愛い服がないのはわかってたけど、どの服見ても何か微妙過ぎて……。
これは、誰かを頼るしかないのでは?
私はため息を吐いて、パソコンの電源をつけた。
『モモちゃんはデートした事ある?』
突然の私の質問に返ってきた返事は余りにも早かった。
『え!? アンズ、デートするの!?』
デートじゃない、デートじゃないっ。
『違うよ。ちょっとお世話になった人と出かける用事が近々あってさ。私、余り人と出かけないから、どんな服装で行くのが普通が気になって。モモちゃん、可愛いと思うからデートとか沢山してそうだし』
『なに社会人みたいなこと言ってるの? その人、大丈夫? 中学生に恩? 怪しい人じゃない?』
『大丈夫だよ! 悪い人じゃないよ!』
『素性はわかってる?』
す、素性?
流石に、それは知らないけど……。
『噂は概ね聞いてる感じだから大丈夫だと思う』
『噂って』
『凄く人気がある人だから、噂が良く聞こえてくる』
『え、男の人?』
男の人。そう、打とうとした指が止まる。
なんだか、会長を男の人と言うのが嫌に気恥ずかしい。そんな会長と二人で出かけるんだと思い返すと、余計に顔が熱くなった。
いやいや、私は何を今更照れてるんだ。
ほぼ毎日学校で会ってたし、二人で片付けなど作業を良くしていたし、それと何が変わるって言うの? 本当に、どうしたんだ。私は。
私はなんとなく気恥ずかしくなった男の人と言う文面を消し、素っ気なくモモちゃんの問いに答える。
『そうだよ』
『噂が乱立するような男は碌な奴いないでしょ?』
珍しく否定的なモモちゃんの言葉に思わずムッとしてしまう。
モモちゃんは会長のこと何も知らないのに。
確かに、碌な噂は聞かない事も多い。私も、会長と仲良くなるまでは外見だけの偏見で見てた。
陽キャラで、イケメンで、いかにも人のこと馬鹿にしそうだとか、今思うと結構酷いことまで考えてたと思う。
けど、実際の会長は違った。
優しくて、人を馬鹿にしなくて、話すと楽しくて、もっと……。
『うんん。そんなことない人だよ。優しいし、私が小説書くこと、応援してくれてる人なんだ』
『ふーん? でも、私もデートなんて余りした事ないだよね。多分、アンズが想像してるみたいに可愛い女の子じゃないよ、私』
『でも、した事あるんでしょ? ちょっと教えて! 持ってる服見ても、可愛い服とかないし、全部お母さんが買ってきた服だし。隣歩いて恥ずかしいと思われたら、私学校にもう行けない……』
『優しい人なら気にしなくない?』
『そういう問題じゃないよ』
『そう言ってもね……。無難にスカートとか、上品に見える系で責めるってのはどう?』
『スカート、制服しかない』
『じゃあ……』
そんなやり取りの末、出た結論は……。
「大兄ちゃんっ! 一生のお願いっ! パーカー貸してっ!」
私は一番上の兄の部屋に転がり込む。
そう、モモちゃんが出した結論は。
『男物のオーバーサイズ着て、下はスキニーでボーイッシュに決めるしかないっ!』
と言うものだった。
「お前、二日前も一生のお願いでアイス食べただろ?」
自室のベッドのうえで漫画を読んでいた大学生の兄の呆れた声に、私は泣く泣く手を合わせる。
「アイス買って返すから!」
「一生のお願い返却すんな。服なら自分の着ろ」
「そんなこと言わないで、今度お手伝い代わるからっ」
「えー。お前口だけじゃん」
そう言って、兄が私の頬を大きな手で挟む。
「大体、服なんて自分の着ろよ」
「私のじゃ、ダサいんだってば」
「はぁー? 何? デート?」
「う、うるさっ。違うしっ!」
「母さんに言ったろ」
「違うしっ! と、友達と水族館行くだけだしっ。変な格好で行くの、中学生になったんだから恥ずかしいじゃん!」
「はー? いつも変な格好してるだろ。急に正気に戻んな」
「いつも変だと思ってたの!?」
「思ってたよ。その服何処で売ってんの? って」
「なら余計パーカー貸してよー!」
衝撃の事実を知ってしまった。通りで、余り兄が私と一緒に出かけたくないと言うわけだ。
ワーワーと騒いでると、兄の手がため息と共に緩む。
お。これはもしかして?
「しゃーないな。絶対今度洗い物代われよ」
面倒くさそうにクローゼの扉を開け始める兄の背中に、私は飛びついた。
「なるべくお洒落のがいい!」
「振り落とすぞ、お前」
別にデートではない。
私は明日、取材に行くのだ。それはわかっている。わかっているのだけど、どうしても何か浮ついた心が抑えられない。
これがなんなのか、今の私には何もわからなかった。
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