第13話 急変

 計画はなかなか進まなかった。チーノと話し合い、大勢で看守を襲撃するという計画の骨子を作り上げたものの、肝心の仲間が揃わなかった。チーノは自分に任せるようにいっていたけれど、聞く限り順調とはいえない。その間もヴァンはチーノとの約束通り、採掘に努めた。看守に殴られるのを恐れたわけではなくて、どちらかというとチーノを裏切りたくなかったのだ。チーノもそんなヴァンを見て、効率的な方法を教え続けた。その甲斐あって徐々にではあるが、質のよい鉱石を見つけられるようになった。チーノはヴァンを褒めた。「お前さんすげぇな」「さすが俺が見込んだ男だ」。お世辞とは分かっているが、賞賛はヴァンを高揚させた。

 そして、驚くべきことが起きた。その日もいつも通り、看守はヴァンを作業場へ連れていった。その頃になると、ヴァンは罰を受けることが少なかったから、看守からの評価も高かった。よりよい鉱石を採掘するため、バルザイ様のため――そんなことをいうと、看守は快く離れた場所で作業してよいと許可を出す。ヴァンは、チーノを連れ立って場所を変え、さらに奥まった場所へ進んでいく。数刻経った頃だった。チーノが額の汗を服の裾で拭い、ヴァンも一休みしようと、地面から出っ張った岩に腰掛けようとしたら、あることに気づいた。

 岩の端が光っていた。青く、清冽な光は坑道の光とは異質なものだった。何だろう。目を細め、その光に接近すると、みるみるうちに焦りが広がった。予感がする。これは、もしかするととんでもない発見なのではないか……。考えるほどにそう思えてきた。

 ヴァンはチーノを呼ぶ。「チーノ、ちょっと見てくれ!」声が震えた。

 チーノは、ヴァンのただならぬ気配を見てすぐに、事態を悟った。屈んで岩を注視する。そうして唾を飲み込み、ヴァンに頷く。チーノは同じことを考えていた。

 ヴァンは岩につるはしを差しこむ。鉱石を傷つけないように、慎重に力をかける。音が変わる。手に伝わる感触がわずかに変わった。ヴァンは跪き、ゆっくりと周囲の土をかき分けて、そして鉱石を掘り起こした。間違いない。素人目にも分かってしまう。その鉱石は今まで採掘してきたものと大いに違った。ズリ――使い物にならない鉱石とは似つかないし、ましてや通常の風の鉱石とも異なる。重みも輝き方も見たことがなかった。

「やったぞ! やった……」ヴァンは夢中で叫んだ。「これで鉱山から解放される。なあ、チーノ」

 ヴァンはチーノに呼びかける。この喜びを共有したかった。脱獄はできないが、もはや問題ではなかった。高品質の鉱石を掘りあてたのだ。鉱山からの解放は確実だった。だが、隣にいたはずのチーノはいつの間にか消えていた。

「チーノ?」ヴァンは首を巡らせた。

 続く言葉はかき消された。いきなり背中に衝撃がきた。視界ががくんと揺れる。体の動きが制御できなかった。

「がっ……」

 つんのめるように、地面に激突した。視界が暗転し、打ちつけた額からは生暖かい感触がする。そして、いくつもの耳障りな足音が聞こえた。

「やっぱりこいつは丈夫だな。お前が見込んだ通りだ」

 低い笑い声が聞こえた。同時に複数の男の声も。何が起きたか分からなかった。不意打ちだった。ただ一ついえることは命の危機が迫っているということだった。

「おい。どこへ行こうっていうんだよ」

 よろめきながら、ヴァンは呻いた。逃げないと――。どうにか立ち上がろうとするが、足がもつれ、再びヴァンは地面に激突した。受け身など取れない。痛みを感じる間もなかった。真横に人影が見える。それでようやくヴァンは自分が倒れていることを理解した。

「期待の新人はこうでなきゃな」

 またしても聞き覚えのある声がした。地面には灯りが届いていないから誰かは分からない。横たわったまま必死で目を凝らした。そして、ヴァンは目を見開く。

「お前は……」

 広場の食堂にいた男だった。ヴァンが喧嘩を仲裁したとき、他のごろつきをまとめていた男。そいつが今、ヴァンの眼前に立ち、虫を見るような目でヴァンを見下ろしている。そいつだけじゃない。背後にはヴァンと同房の奴らだっている。そして、影になって見えない場所にもまだ誰かが。どうして……。

「ご苦労だったな、チーノ」

 チーノ? ヴァンは耳を疑った。しかし、男が背後に振り返ると、暗闇のなかからビクビクした様子のチーノが顔を覗かせる。チーノは目を合わせようとしなかった。ヴァンの元へ一目散へ向かってくる。

「冗談だよな」震える声でヴァンはいった。

「悪いな、相棒」

「おい、何する! やめろ!!」

 ヴァンは体をよじるが、抵抗空しく、チーノは懐から鉱石を取りだした。

「どうしてこんなことをするんだ。信用してたのに」

「……」

「答えろよ!」

 喋るたびに口のなかに血が広がった。ヴァンは恥ずかしさと怒りで感情が爆発していた。チーノは蔑むような目をしている。そこにはもう人懐っこい笑みはない。背後からリーダー格の男が近づき、チーノの肩に手を置いた。

「おうおう、お涙頂戴はその辺にしてくれやしないか。まだこいつに借りを返してないもんだからな」

 リーダー格の男がいった。チーノはピクリと震え、ヴァンに背を向けた。

「チーノ待ってくれ」

 ヴァンの言葉は届かなかった。役目を終えたチーノは暗闇に消えていった。代わりに男の仲間たちがヴァンと距離を詰めてくる。彼らは笑っていた。これから待っている宴を楽しみにしているのだ。

「じゃあ、たっぷり楽しもうか。ほらお前ら、遊んでやれ」

 男の仲間たちがヴァンを囲む。身構えようとした。けれど攻撃はまたしても背後からやってきた。ヴァンは拳を浴びてその場に倒れ込んだ。頭を固定されて、頬が土に擦りつけられる。それを皮切りに容赦のない一撃が続いた。

 そうだったのか……。朦朧とする意識のなかでヴァンは考える。チーノは仲間だった。でも、ヴァンではなく、食堂のごろつきと初めから仲間だったのだ。チーノは初めから俺を利用するつもりで近づいた。力のある若い男を見つけて、上手いこと言いくるめ、鉱石を掠め取るつもりだったのだ。

 ヴァンは笑い出したくなった。どうして信じてしまったのだろう。もしかしたらこれは全て男の企みかもしれない。ヴァンが食堂でかかわったから、逆恨みして下っ端のチーノを仕向けた。そう考えればつじつまは合う。まったく、悲しくて笑い出しそうになった。チーノというより自分に失望した。どうして余計なことに首を突っ込んでしまったのだろう。俺がチーノとつるまなければ。俺が食堂で少年を助けず見過ごしていれば。俺が警備兵に自首などしなければ――。どうして、どうして、どうして。

「はっ、こいつまだ笑う余裕があるぜ」

「こないだはバルザイがいたから、存分に遊んでやろう」

 ごろつきが再びヴァンを蹴った。ヴァンは体に力を込める。皮肉にもそれはチーノが教えてくれた痛みを軽減する方法だった。だが、もう意味はない。これほど大勢に囲まれていたら為す術などないのだ。痛い。背中を思い切り蹴られて呼吸ができなかった。ヴァンは大きく咳き込んで、唾を吐く。血の混じった唾が土に染みこんでいく。

 バルザイの言葉が頭を掠める。誰も信じるな。ああ……バルザイは真実をいっていたのだ。瞼が重い。痛みと後悔の狭間で、ヴァンは眠るように意識を手放した。

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