第6話 検査 

 入り口を抜けると、大きな通路に出た。洞窟内にこれほどの通路があるとは思わず、ヴァンは驚いた。しかもずっと奥まで続いていて、一定間隔にランプまで提げられている。

 ルデカルの街は夜ともなれば真っ暗で、せいぜい光といえば宿の店先に提げられたランプか神像に供えられた灯火、あるいは家々から漏れるランプの明かりくらいだった。それがこの洞窟では惜しげもなく使われている。それほど要所ということであった。

 通路の左右には戸が連なっていた。歩きながら、ヴァンは注意深く観察した。なかが見えないように戸は固く閉じられていたが、一つだけ戸が開いているのに気づいた。

 大きな机と背の長い椅子。あれに座るのはバルザイ一人しかいないだろう。壁には高価そうな芸術品があって、床には動物の毛皮が敷かれている。応接間のようだった。

 やがて、広い空間に着くと、なにやら物々しい雰囲気で男が複数人で待ち構えていた。その一人が大股で近づいてくる。

「バルザイ様、準備ができました。いつでも検査できます」

 バルザイほどではないが、体格のよい男がいった。警備兵よりも重装備で、バルザイに耳打ちしているところを見ると、親衛隊のようだった。

「ええ」バルザイが頷くと、さらに数人の男がやってきた。こちらは親衛隊よりもずっと軽装だったが、ヴァンにはその役割は分からなかった。見たところ親衛隊よりも格下のようだが……。

「始めてください」バルザイがよく響く声でいった。

 バルザイの合図で、軽装の男たちはヴァンと移民を取り囲んだ。何をするんだ、と聞く隙もなかった。軽装の男は二人一組で、縮こまっている移民の一人に目を向けた。一人は移民を背後から羽交い締めにして、もう一人は乱暴に服を掴む。終始、移民は無抵抗だった。なのに、軽装の男は移民自ら服を脱ぐように仕向けるわけでもなく、まるで辱めるかのように強引に服を脱がせ、体の隅々まで調べた。それは尊厳を踏みにじるような場所にさえ及ぶ。何も持ってねぇよ、といおうが聞く耳を持たない。次々と移民が調べられていった。嘲笑、侮蔑……。恥辱を与える目的としかいえなかった。

「次はこいつだ」

 ヴァンの元にもすぐに男がやってきて、強引に体を押さえつける。

「くっ……」ヴァンの口から息が漏れる。

 屈辱的だった。大勢の前で丸裸にされるなんて屈辱以外の何物でもなかった。それでもヴァンは抵抗しない。抵抗は死を意味する――ヴァンはそう考えていた。

 身体検査を終え、ヴァンは衣服に袖を通した。その間、移民たちは順番に部屋の隅に設けられた大きなカゴに向かっていた。金属でできたカゴは荷車二台はゆうに乗せられる大きさで、そこに移民が隙間なく整列している。

 ヴァンは眉を寄せる。このカゴはどこかに続いているのだろうか。それか荷車に繋げてまとめて人を運搬するのだろうか。

 最後の一人がカゴに向かっていく。片手には衣服を持ったままで、着る時間も与えられない。その一人が足を踏み入れるのを、ヴァンは外側から見ていた。目は虚ろで生気を感じなかった。

 残るは自分だけ――ヴァンも続こうとすると背後に気配を感じた。

「あなたは私と一緒に行きましょうね」バルザイが腕を掴む。

 ヴァンは身震いがした。この男は何を考えているのだろう。もしかしたら、とんでもないことをさせられるんじゃ……。

 そのとき、硬く大きな音がした。ヴァンは思わず顔を上げる。移民と軽装の男たちの乗ったカゴがガクンと揺れ、そのまま下にゆっくりと動いていく。軽装の男は当然のことのように無感動であったが、移民たちは声を上げて動揺していた。立っていた地面が動くなんて予想できない。

 何が起きたんだ……。ヴァンは呆気に取られていた。バルザイの方を見ていたから、何が起きたか分からなかった。これほど大きなカゴが動くなんて。どういう仕組みで動いているか見当もつかなかった。

 広間からひと気が消えると、バルザイがほくそ笑んだ。「さあ、行きましょうか」

 バルザイに促され、ヴァンはカゴに載る。続いて、バルザイが乗ると地面がわずかに沈んだ。

「あなたの名前……ヴァンというんですね」バルザイは唐突にいった。

「ああ」ヴァンは答える。「それが?」

「面白いです」

 バルザイは笑いをかみ殺す。

「何がおかしい

「いえ。ただ風の魔物と同じ名前ですから……。」

「……別になんてことはないさ。俺が生まれたときに強い風が吹いてたってだけの話だ」

 ヴァンはそっけなく答える。名前の由来は両親から聞かされた。ヴァンはその名前を気に入っていたが、その後移住した街で魔物に名付けられた名前と偶然一致しているのを知ると複雑な気持ちになった。

「なるほど……そういうことでしたか。てっきり私は風の魔物の生まれ変わりかと思いましたよ」

 バルザイは軽口を叩く。どうやらこの男はそれを確かめる目的で二人きりになりたかったらしかった。

 バルザイは胸元から紐で繋がれた何かを取りだした。

「無駄話はこれくらいに……。少し揺れますよ」

 それは変哲もない石であった。目利きをするような目線を向けて、胸の前に翳す。その瞬間、鋭い光が瞬き、凄まじい風が吹き抜けた。壁面から剥がされた砂礫が舞い、ヴァンの皮膚をつつく。

「うっ……」風が強くなる。ヴァンは身をかがめ強風に耐えた。

「ちょっと、力が強すぎましたね」

 バルザイが笑うと同時に、カゴが揺らぎゆっくりと下に動き始める。乱雑に暴れ回っていた風の向きが、上下だけに変わる。まるで、カプリーノの丘に吹く撫でるように穏やかな風のようだ。

 ヴァンは目を擦る。煙がなくなり視界が開けた。バルザイの持っていた石から光は消えて、普通の石に戻っている。

「これは……」しゃがんだままヴァンは問うた。

「鉱石ですよ。風の」バルザイは子供におもちゃを見せびらかすように石を振った。

 風の鉱石。見るのは初めてだった。街では神殿を建てたり、他国との貿易に役立てていることを聞いていたが、なるほどこれだけ大きな力ならば活かしどころはいくらでもある。

 それこそ、戦争で使えば他国を圧倒することなんて、赤子の手をひねるより楽だろう。

「どうやってこんな小さな石が風を巻き起こせるんだ」

「それは分かりませんよ」バルザイが笑う。「昔、洞窟に入った捜索隊が見つけたんですから。魔物の骨に聞いてくださいとしかいえません。ルデカルで育ったんだったら、それくらいご母堂様から聞いてますよね」

 それは移民の自分には分からないだろうという皮肉なのか、それとも純粋にそう思っているのか分からなかった。

「とにかく、あなたたちにはこれを採掘してもらうんです。ルデカルの名産品を、ね」

 管理者は不気味に笑う。だが、ヴァンに笑う気は起きなかった。

 男たちの乱暴な振る舞いは受け容れられないし、バルザイの態度は掴めない。

「どうしました……?」

 俺はここで生きるしか道はないのか……。ヴァンはただ黙って目を伏せるしかなかった。

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