第2話元の演奏

元は、タクシーの運転手に担がれ、ユリとクラブを後にした。


マスターはポツリ。

「まあ、意識はないな」

エミは口を尖らす。

「マスターも飲ませ過ぎ、もっと厳しく」

マスターは首を横に振る。

「しかたねえだろ、客に呼ばれて飲まされちまう」


クラブのドアが開き、ミサキが疲れ果てた顔で入って来た。

「元君は、ユリ?」

エミはブスっとした顔。

「明日非番だとさ、足元みられた」

ミサキも、ムッとした顔になるけれど、すぐにおさまる。

「明日は、私が持ち帰る」

「エミは、明日も無理だね」


エミは自分の手帳を見て、ガッカリした顔。

それでも、話題を変える。

「ミサキ、今日も変な客?」

ミサキは水割りを一口、ため息をつく。

「うん、変態、気色悪い」

「何をしたいのかも、はっきり言わないし」

「度胸のカケラもない、腐り男」


ミサキは、この話を続けたくないらしい。

話題を変えた。

「ねえ、マスター」

「元君は今夜、何を弾いたの?」


マスターの顔に、ようやく笑みが戻った。

「ああ、最初は、古めのジャズ」

「ヨーロッパ風の、ギターを弾いた」

「ジャンゴ・ラインハルトかな、超懐メロ」


エミは目を丸くする。

「へえ、受けてた?」

マスターは頷く。

「いや、客の会話が止まった」

「聴くばかりで、酒は飲まない、何も食べなくなった」


ミサキは悔しそうな顔。

「聴きたかったなあ」

エミも悔しそうな顔。

「他には?」


マスターは、含み笑い。

「信じられないと思うよ」

「ピアノで、まさかのブラームスの間奏曲さ」


エミは首を傾げる。

「え?何で?そんなの客が聴くの?」

ミサキは、ブラームスの曲そのものが、思い浮かばない。

「・・・クラシックだよね・・・小難しい」


マスターは、また、首を横に振る。

「いや・・・それが聴きやすい」

「すごくやさしいタッチで、音楽が深くてさ」

「とにかく、聴き惚れた」

「奥深く心に響く何かが元君にある」

そして苦笑い。

「このクラブが、いきなりクラシックホールさ」


エミは、水割りを、また一口。

「音楽なら、何でもか」

ミサキは、エミの言葉を訂正。

「いや、音楽だけ、何でもさ」

「他は・・・頑固で」

エミは苦笑い。

「ミサキにも頑固か・・・そうだね、偏食だ、野菜嫌いで」

ミサキも笑う。

「エミの部屋でも?」

エミはフンと鼻を鳴らす。

「だから、いつかは身体を壊すって諭すけれどさ、聞きやしない」


マスターも同じことを思ったのか、また苦笑いをしている。

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