時を必要とするものは

「蝋燭が綺麗ですね」

「婆や私はこちらの方が何時でも横になれるように、布団の準備をして参ります」

「ああ、頼むよ」

「はい、婆や、婆やも腰の曲がりがひどくなりましたね」

「そうだね」

「倒れないように気を付けて下さいね」

「わかっとるよ」

「あんた、蝋燭がきれいだろう」

「そうですね、不思議な気持ちになりますね」

「よく見ていてごらん」

「どうしてですか?」

「いいから」


はい


「そろそろだよ。台の上の蝋燭の横にね」

「何がでしょうか?」

「まあ、見ていなさい」

「わかりました」

「もうすぐ、咲くよ。ほら、もうすぐ咲くよ。ほら、ほら」

「もうすぐ、咲くよ、うでがね。ほら」

「うわああ」

「うでが延びてきたよ」

「あんたを捕まえにね」

「あなた」

「うわああ」

「私から逃げてみれば」

「うわああ、わわ」

「追いかけてくる。婆やが、すごい形相で走ってくる。腰を曲げながら。逃げろ。速いじゃないか」

「よく眠れましたか」

「え……」

「どうかされましたか?」

「いえ、夢を見ていました。婆やが走ってくるの夢です」

「婆やとは誰ですか?」

「え」

「あなたの名前を教えてください」

「俺は京助」

「どうやら、疲れていらっしゃったみたいですね。布団に案内するとすぐに寝息が聞こえてきました」

「私は、かやみと申します」

「近くに海があるんですね。波の音が聞こえます」

「一緒に行ってみませんか」

「いいですね」

「京助さん、海が綺麗ですね」

「波の音がまるで、僕たちを呼んだようです。かやみさんは、いや……」

「どうされましたか?」

「海の線に沈む夕日に」

「どのような意味でしょうか?」

「溶け込んでしまいました。時が止まっています」

「本当でしょうか」

「時から解放できるのは僕しかいません。かやのさん、海を背にして下さい。そうです」

「これでいいでしょうか」

「そこを動かないで下さい。言葉は必要ありません。あるのは、僕の温かさだけです。このまま、時を解放しましょう。解放されましたか」

「はい。京助さん」

「どうしましたか?」

「今度は私が京助さんの時を元に戻しましょう」

「なぜ?」

「理由は必要ありません。沈み行く夕日の線を眺めていてください」

「わかりました」

「そこには何があるのでしょうか」

「すぐに、わかります。今度は、しばらく目を閉じてください」

「これでいいでしょうか?」

「もう少し私の方へそのまま来てください」

「わかりました」

「もっとです」

「すでに、かやみさんの温かさを感じます」

「目を開いてください。京助さんを必要とするものが、海の線にみえますから」

「京助さん」

「かやめさん」

「どうぞ」


うわああ、うでが咲いている。


「あなた、見えましたか?」

「許してくれ」

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