幻覚という名の幻想に

駄目だ、幻覚じゃない


「孝雄、本当に傷があるか?」

「ああ、まあ少しは酔ってはいるがな、何かにかきむしられたのだろう」

「そんなはずはない。まあ、忘れよう」

「そういえば、ここはおでんが上手いぞ。特に大根は味がしみて最高だよ」

「いいな、おでんをください。大根を入れて」

「はいよ、ほら」

「うわああ、カウンターにうでが咲いている」

「何を言っているの、あなた」

「うわああ、逃げろ」

「京助、どうしたんだ」

「お前、悪かった。俺が騙したばかりに」

「俺だよ、俺」

「哲夫じゃないか」

「そうだよ。お前に騙されたんだよ」

「哲夫、俺が悪かった。許してくれ」

「お客さん、お客さん、さっきから、何を一人でブツブツ言っているんですか?」


駄目だ。逃げないと、遠くへ。


それから、俺は電車に乗った。

しかし、誰もいない。

突然、白い霧が辺りを覆う。

霧をかけわけながら降りると、そこは一面に野原が広がっている。

ここは、何処だ。

遠くに灯りが見える。

とりあえず、行ってみよう。


おや、この建物は木造じゃないか、瓦じゃなく、なんだあの麦みたいな屋根は此処はどこだ?

確か、東京から電車に乗って、駅に降りたのだが、なぜ此処に。


「どうされましたか?」


なんと、美しい女性だ。白い着物に黒い髪と瞳、透き通る声


「ここは、何処ですか?」

「竹山村ですが、どちらから、お見えになられたのですか?」

「東京からですが」

「東京とはどちらですか?そのような村は初めて聞きました」


もしかして、時代が違うのか。


「今日は寒いです。よろしければ中へどうぞ。」

「ありがとうございます。」

「婆や、外にいらした方です」

「おや、あんたはよそから来た人かい?何処か行くところがあるのかね?」

「いえ、道に迷って」

「そうかい。それじゃあ、しばらく此処にすごしなさい」

「そうですね、婆や」


テーブルのような台に蝋燭が揺れている


なぜか、外から波の音が聞こえる。寄せて、帰ってくる音。


僕はここに寄せられたのか。

木のぬくもり、女性の透明な美しさ。幻覚なのか幻想に包まれているのか?

どうか、幻想であってくれ。

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