幕間『蒼空の父親』

市東いちとう正弘まさひろ


 蒼桜あおすみれちゃんが出かけ、僕と蒼空そらは留守番をしている。

 だが父としてそれでいいのか。可愛い女の子が二人きりで遊びに行くのは、いささか危険ではないか。

 ここは父として後ろから見守り、菫ちゃん共々守ってあげるべきなのではないか。

「なぁ蒼空…ついて行かないか?」

 一人じゃ見つかった時のフォローができないから、ダメ元で蒼空を誘う。

 そうしたらまさか、オッケーされるとは。


「父さん、ここはやめよう。よくない」

 オッケーしたのにも関わらず、二人が入った店次第で態度を変えるなんて。

「でも…」

「でもじゃない。変態呼ばわりされるぞ」

「蒼桜にされるならいつも通りだろ」

「それでいいのか変態親父」

「お前に言われるのも新鮮でいいな」

「あ、多分この人ドMだ。真性のMだ!」

 そんなこと言うなよ。父さん泣いちゃうぞ。

「とにかく、あそこには行きません。じゃぁ…二人が出るまで、何か食べない?」

 そう言って彼はファストフード店を指差した。

「ご注文は?」

「蒼空、何にする」

「ポテト、それからコーラ」

「じゃあそれを二つ」

「一緒かよ」

 僕もそれが食べたかったんだよ。好みは似るってことだな。

 席を探して向かい合って座る。

 お互い何かを口に含んで、無言のままポテトが減っていく。

 最初の会話は

「減ってきたな。僕のポテト食べていいぞ」

「ん、ありがとう」

 だった。

 だけど蒼空は僕のポテトには手をつけない。遠慮するなって。

「あの二人…」

 自分のポテトを食べ終わり、残りはコーラを飲み切るだけという時、蒼空が口を開いた。

「あの二人…仲良いよね」

 まぁ二人で下着見に来るくらいなんだし、仲良いだろ。

 僕が蒼桜についていったら、殺されるだろうけど。

「最近は僕に内緒でカラオケにも行ったらしい」

 へぇ、蒼桜の歌最近聴いてなかったな。

「蒼桜は僕に言ったんだ。この世界はフィクションで、作者と、少ない読者がいて、とある目的のために動いてるって」

 僕は無言で続きを促す。

「それが本当なら、この世界の目的は、あの二人が付き合うことなんじゃないか、って思ってる。菫が僕を好きって噂がある。だけどそれは本人から聞いた話じゃない。蒼桜は僕と菫をくっつけようとしてる。でも、それにかこつけて菫と一緒にいる時間を増やそうとしてるようにも見える。だから、人から聞いた話を全部無視して、僕が見たことだけで考えたら、その結論に達した」

 まぁ…不安になるよな。で、信じられなくなって、より変であってもそれっぽい答えを求める。

「『全ての不可能を除外して、残ったものがどんなに奇妙でもそれが真実』か。お前にとっては、菫ちゃんがお前を好きになるのは不可能だってことだな」

 蒼空は頷いた。

「だけど、僕はそうは思わないな。昔話するけど、聞いてくれ」

 僕がまだ高校生で、月詩つくしと出会う前。

 僕と誠司せいじの話だ。

「誠司さん?」

「あぁ。蒼桜は『作者権限』とかいうことがあるだろ?」

「うん、むしろしょっちゅう言ってるよ」

 やっぱりそうか。

「今はもう違うんだけどな、誠司も昔『作者権限』だとか『作者』だとか言うことがあった。そしてその目的は僕に彼女を作ること。月詩と結婚させることだったわけだ」

 蒼空は目を見張る。

 やっぱり知らなかったか。

「あいつは僕の幸せのために作者権限を使った。そして終始嘘をつかなかった。いつも『兄貴のことを考えてる』って言ってな。その通りだったよ。もし、蒼桜の言う作者が誠司のと同じ奴で、蒼桜がお前と菫ちゃんの恋愛について言ってたなら、信じていいと思うぞ。それに、月詩も最初から僕に好きって言ってくれたわけじゃないしな。一緒に住んでる分、お前らの方が先にいる。自信持っていいと思うぞ。先輩からのアドバイスだと思ってくれ」

 僕は荷物をまとめて立ち上がる。

「じゃあ僕は帰るよ。蒼桜がお前らの家でもちゃんと元気に過ごしてそうで良かった。明日帰ってきてからあいつとはまた話したいけど、今は帰れって言われてるからな。お前も考える時間が必要だろうし、答えを見つけたら、報告しにきてくれ」

「うん。気をつけて」

 蒼空はよくやく僕の残したポテトに手をつけた。

 あ、そういえば誠司は結婚式の日こんなことを言ってたな。

『俺の作者権限は二人のため、そして二人の息子のためだ』

 今ならその意味、少しわかる気がするよ。

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