第41話『楽しい水族館デート』

 数日後、二人の予定がちょうど空いていた日曜日、僕とすみれは桃葉から貰ったチケットで水族館を訪れた。

「高校生二人、チケットあります」

「拝見いたします。ごゆっくりお進みください」

 入場ゲートを通過して、しばらく進む。

 人混みがなくなったところで、壁際によって地図を広げた。菫が横から覗き込んで訊いてきた。

「それで、どこから回る?」

「コースに沿ってこうよ」

「じゃあ、そうしよっか」

 そう言って、僕らは歩き始めた。


 とある男はかつて言った。

 水族館とは、すべてが程よく配慮されていて、デートに適した場所だと。

 その理由の一つに、程よい暗さが挙げられる。

 暗い空間は不安を助長させ、人肌恋しくなり、物理あるいは心理的距離が縮まると言う。

 今日僕は、もう一度菫に好きな人は誰か、と訊くつもりだ。

 前回のように逃げられないように、どちらの距離も縮めていこうというのが今回の僕の考え。

「今日で、モヤモヤした関係に終止符を打つ」

 それはそれとして、魚は綺麗だ。

 最初に訪れたのは森林エリア。

 海外の雨林に生息する魚が多く展示されている。

「みて、菫。これおっきいよ!」

「本当だ。わたしの腰くらいまであるね」

 次に訪れたのは小さい水槽が並ぶ海水魚エリア。

 色々目移りしてしまうが、なるべく菫と離れないように行動した。

 その次は大きな水槽があるこの水族館メインのエリア。

「見て! おっきいジンベエザメ! 群れてる小魚もいる。エイも!」

 見上げるほど大きな水槽をあちこち観察する。

「小魚って…あれそんなに小さくないでしょ」

「でもジンベエザメと比べるとアリみたい」

「…確かにそうだね」

「昔国語でスイミー読んだけど、綺麗に集団行動した魚見ると、それ思い出すね」

「うん、確かに」

「……」

 菫?

 水中トンネルを潜った先は、クラゲエリア。

「あ、見て。ミズクラゲ。僕クラゲの中だとこの種類が一番好きかも」

「ぷかぷかしてて可愛いよね。わかる」

 そう言って菫は笑った。

 しかし、その無理な笑顔を見て、僕は今まで思っていたことを口にする。

「もしかして、つまらない? 菫、今日元気ないよ」

「そんなことないよ。すっごく楽しい」

「嘘つかないで。何かあったなら言ってくれれば出来る限りのことはするから」

「嘘じゃないし」

 菫は拗ねたような口調になった。

「でも今日一度も『!』使ってないし、積極的に水槽に近づいたこともない。全部消極的なんだよ」

「…それは」

 なんだか喧嘩したみたいな雰囲気になってしまった。

 あぁ、良くないな。心理と物理の距離を近づけるなんて言っておきながら、僕までイライラしている。

 落ち着いて、菫と話をするんだ。

 僕のせいかもしれないし、他の外的要因があるのかもしれない。せっかく水族館に来たんだ。それらを排除して菫になるべく楽しい休日を過ごしてもらおう。

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