第二十六話『市東君はロリコンですが、菫はそれでもいいですか』

「わたしの部屋で寝ますか?」

 その言葉を口にするのにどれほどの勇気を必要としたのか、好きに想像してもらって構わないけど、現実はそれよりもハードだったことをわたしが保証しよう。

「…そうしたら、菫はどこで?」

「え? 勿論、一緒にって意味だけど」

「え、あ、その…いいの?」

 蒼空があたふたして訊いてくる。

「蒼空にその気があるなら、もうわたし襲われちゃってるでしょ? だから安心できる。それに…わたしはその…」

 してくれた方が、嬉しいし…

「なら、お言葉に甘えて」


「じゃあ、ベッドの真ん中を境にして、そこを越えないようにする、がルールね」

「うん」

「じゃあ、僕は手前で寝るから、菫は壁側で寝て」

 え⁉︎ そしたらわたし逃げられないじゃん! もしかして蒼空、わたしを襲うつもり⁉︎

「ただでさえシングルなんだから、二人で寝たら狭いし、どっちかが落ちるなら借りてる僕の方がいいしね」

 ……なんだ。そういう理由か。うん、ちょっと考えればわかったよね。何考えてんだろわたし。これじゃあ期待してるみたいじゃん。同棲について蒼桜ちゃんと話した時に、そういうことは諦められるって言ったのに。

「ウン、ソウダネ。アリガト」


 部屋の明かりを消してからしばらく経った。わたしは未だに寝付けないし、襲われる気配もない。もしかして本当にロリコンなのかもしれない。同い年のわたしは対象外なんだろうか。

 こんなに豪華な据え膳を用意したのに、見て見ぬ振りしてる。もしかしたら据え膳だって気づいてないかもしれない。

 ……わたしはこんなにもあなたを求めてるのに、どうしてあなたは、わたしを…

 ああ、なんか無性に腹が立ってきたな。ここまで意識されないのもなかなか辛いんですけど?

 そんな時、頭に浮かんだ言葉がある。

 逆ナン、逆ハー、逆○。

 逆。すなわち、女→男。

 そもそも男→女が普通で、女→男が逆ってのがおかしいんだ。女が攻めてもいい。

 わたしが、攻めてもいい。

 ぐっと手を握り締めると、掛け布団を取っ払って、クルリと一回転。そのまま四つん這いに。

 両手両足で蒼空を挟み、キスができるくらい接近する。市東蒼空がロリコンでも、わたしのことを見てもらう。

 しかしどうやら蒼空はもう寝てるみたいだ。

 寝顔が可愛い。いつもより可愛い。蒼空は筋肉質の運動系って感じじゃないんだよな。インテリ系っていうか、か弱いっていうか、雑に扱ったら壊れちゃいそうな弱々しさがある。守ってあげたい。でも、守ってほしい。

 でも蒼空になら、処女を捧げきずつけられてもいい。

「おーい蒼空。わたしはいいですよ」

 眠る彼の返事はなく、ただただ虚しいだけだった。ふと今の状況が恥ずかしくなった。

 冷静に考えてみると良くないことをしてるんじゃないか。

 わたしは元の姿勢に戻り布団をかけなおして目を閉じた。

 そう、これは一晩の過ち。もとい黒歴史。翌朝死にたくなる類のやつ。ちなみにわたしはもう既に死にたい。

 ちょっとテンションがおかしくなってた。そう。一緒に寝ている状況と、恋敵(?)の登場によって、ちょっとハイになってるだけなのだ。

 でも、願わくばちょっとくらい…

 その時扉が開いた。わたしは慌てて寝息を立てる。

「エロいお姉ちゃん、おトイレどこ?」

 なんともスルーできない案件だった。このまま狸寝入りを続けることも出来ず、ベッドから出た。

「あれ、エロいお姉ちゃんのお布団膨らんでるよ」

 そう。現在ベッドには蒼空が寝ている。バレるのは良くない。

(蒼空、寝返りうったりしないでね)

 わたしは心の中でそう願い、円花ちゃんをトイレに案内しようとしたところで、円花ちゃんに袖を引っ張られた。

「どうしたの?」

「漏れちゃった」

「「えっ⁉︎」」

 可愛く上目遣いで言う円花ちゃんに、二人の高校生が反応した。

 わたしは円花ちゃんを抱えて急いでトイレに走り、蒼空はタオルを求めて洗面所に走った。

 円花ちゃんは便座に座ると、わたしを見てニヤニヤしている。

 よく見ると、ズボンが濡れてない。

「あれ、漏らしちゃったんじゃ…?」

「嘘」

「…はぁ⁉︎」

「やっぱりお布団の中におにぃいた。おとおさんに話すことがまた増えちゃった」

 無邪気に笑う円花ちゃん。

 もうしばらく彼女に振り回されそうだと思った。

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