1-3『十文字円花』

第23話『レズビアンのギャルが1日で点数を160上げて学年トップ20に食い込んだのはまた別の話』

 七月半ばの土曜日。

「ねぇ蒼空そら、学校でこんな物を貰っちゃった」

 すみれがそう言って見せてきたのは一枚の紙。それは、今度の期末テストの範囲を示す物だった。

「奇遇だね。僕も丁度昨日同じものをもらってきたところだよ」

 僕らの通う北夢指高校は、学校側の意識が無駄に高い進学校である。

 テストも難易度が高く、良い成績をキープしようとすると、大変な苦労を要する。

「そういえば、蒼空頭良かったよね?」

「たしかに中間テストの学年順位は二位だったけど、僕人に教えるの苦手だよ? 教わるならじんの方がいいと思う。一位だし」

「えっ! そうなの?」

 本当だ。勝てるとふんで挑んだ中間テストの点数勝負(数学Ⅰ)で、彼は僕に五点の差をつけて勝ちやがった。なんだよ100点って。高校じゃ絶滅したと思ってた。

「じゃあ、蒼空より仁くんに教えてもらった方がいいかな…」

「俺は市東いちとうの方がいいと思うぞ。なにせ一緒に住んでるんだからな」

「やっぱそうかな?」

「ああ、95点も充分頭いいだろ」

「そっかーって…仁くん⁉︎」

 よっ、と挨拶をする仁。いつの間に入ってきた…

恵良えらが勉強で困ってるって聞いたからな」

 と扉の方を見る。

「同じく困ってるやつを連れてきた」

 扉が開き、蒼桜あお桃葉ももはが現れた。

「ふっふっふ…市東蒼桜、完全復活です!」

 蒼桜に関しては謎のキメポーズをしている。文字通りの中二病だな。

「勉強会するぞ」

「い、今から⁉︎」

「ああ。暇だってことは作者さんから聞いてる。問題ないだろ? せいぜい夜にあの人達が来るくらいだし」

「あの人達?」

 今日はそんな予定はなかったはずだが。

「私が許可しておきました。なるべく優しくお出迎えしてあげてね。蒼空兄」

 なぜ僕に名指し。てか勝手にそういうことするなよ。僕も知ってる人なんだろうな。

「…うーん。知ってるけど、知りたくない人。自動的に消去されてるかもしれない」

 僕の脳ハイスペックすぎないか。

「そのハイスペックな脳を私達の勉強に活かしてよ」

「はぁ…中学レベルならみてあげるよ。桃葉も勉強やるんでしょ? 学校のテストはどれくらい難しいの?」

「…え? ウチは…うん、テキトーに一人でやってるよ」

「? そうか…じゃあ菫は仁に教えてもらって」

「うn…」

「ちょーーーーーっと待ってくださいっ! 私、学年一の天才に教わりたいです。力学的エネルギー保存の法則と同じです! 超天才が超バカ、天才がバカに教えれば同じくらいの学力に…」

 何言ってるんだお前は…

力学的エネルギー保存の法則中三範囲を知ってる中二は超バカを語るな」

 それに間違ってる。作者さんに表面だけ教わっただけで適当に使ってるだろ。

「と、とにかく私はとてつもなくどうしようもない大バカだから、天才の仁さんに教えてもらいたいなーって」

 はぁ、何がしたいのかは分かってるけどさ。どうせ、勉強を通して近づく距離(物理)。長い髪からはほのかにシャンプーの香りがして、気がつくと僕らは唇を重ねていた。みたいなのを求めてるんだろ。

「ななななな、何言ってるの⁉︎」

 お前らが僕と菫を付き合わせようとしてるのは知ってる。桃葉から聞いた。

「桃葉さん⁉︎」

「ん? 何アオ」

 菫が僕を好きだってこともだ。

「桃葉さぁーん⁉︎」

「だから何⁉︎」

 菫に聞かれたら不味いからな。直接お前の頭に語りかけている。便利だな、これ。

「逆に利用された…」

「僕はお前らの邪魔をする気も協力する気もないから。身を任せるだけ。とりあえず各々勉強して、分からないところがあったら、手が空いてる人に訊くって事で。でなきゃ勉強会はなしだ」

「はぁーい」

 蒼桜は渋々頷いた。いや、そんなにこだわるなよ。邪魔をするとは、言ってないんだから。


 しかし勉強会が成功した試しなどほぼ見たことがない。

「おい、勉強するんだろ。金子」

「ごめんなさいごめんなさい。やるので許してください。怒らないでください。殴らないでください」

「おい、それじゃ俺が虐待してるみたいじゃねぇか」

「少しでもおかしいと感じたら189いちはやく189いちはやくにお電話を。お早めに」

「通販番組みたいな紹介やめろ。虐待される児童を減らすのも大事だが、お前は自分のテストの点を減らさないように努力しろ」

「テスト? 何それ美味しいの?」

「このままだとかなり不味い。勉強しろ」

「はぁーい」

「菫さん。ここがわからないんですけど…」

「ここはね、xとyにこの数を代入して、aは座標から傾きを出せるでしょ? 右に2、上に3上がってるから?」

「a=2/3さんぶんのにですね!」

「ううん。a=3/2にぶんのさん。それで、aも代入してb=の形に直すと…?」

「すみません。代入ってなんですか?」

「代入ってのは、文字にその数字を入れることだよ」

「ついでにメジアンって何ですか?」

「中央値だけど、まだ知らなくてもいいと思うよ」

「ちなみにラジアンってなんですか?」

「それはわたしもまだ知らないな」

「え、知らないんですか。もっと勉強したほうがいいですよ。あ、そこに頭いい人がいるじゃないですか。聞いてみましょうよ。蒼空兄ー!」

「ラジアンは角度の単位で数Ⅱの範囲だ。お前は中二の勉強進めろ。仁、桃葉はどう?」

「解いてるふりして適当な数字を書いてるだけ」

「違うし。わかんないだけだし。そもそもやる気出ないんだよね。やっぱりご褒美が必要だなぁ。誰かちょうだい?」

 遂にペンを置いて桃葉はそう言った。

「どういうのがいいの?」

 桃葉のわがままを聞いてあげるのは菫である。さすが幼馴染。扱いが慣れてる。

「どっか行きたいな。でも遊園地は前行ったし、海とかプールとか」

「いいですね。プール! 私も賛成です」

「なら夏休みに入ったらこのメンバーでプール行くか。その代わり、ちゃんと勉強しろよ」

「はーい」

 その後はご褒美によって少しだけ桃葉がやる気を出し、それにつられてみんなしっかり勉強を始めた。

 というか、僕が菫と二人だけで勉強をしていたらこんな面倒なことにはならなかったんじゃないだろうか。

 僕は最初の考えなど棚に上げてそう切に感じた。

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