第11話 常に備え
幽霊と同じく肉体はない。
けれど幽霊と違って力はある。風を吹かせたのもそれか。
実体はないくせに壁などはすり抜けない。人間の意識を残しているためだとか。
幽霊は獣もいるけれど、忌吐きは人間しかいない。禁術の類なので当然と言えば当然。
使えば死ぬ禁術。
普通、自分が死んでまで何かを呪う意思を通す人間は多くない。秘術士、方術士、魔法使い。魔女。その手の才能がある上でとなれば、そうそう滅多に出くわすものでもない。
一度はこのアムレトの森の西の外れで。
森の様子がおかしいと言うお師様と共に向かい、そこで見た。
獣を呪い殺す忌吐きを。獣だけでなく樹木も、忌吐きにまとわりつかれると見る間に枯れてしまった。
二度目は、お師様に連れられていったどこかの町で。
はっきりと場所は覚えていない。お師様が早足だったのは、忌吐きがいると知らせてきたのが空の魔女だったから。
森近くの町に忌吐きが出ている。
そんな報せ一つで何にもしないと文句を言っていた。使い走りのように動かされたことを怒っていたのだと思う。
トカナの村とは違う、もう少し大きな町。そこで忌吐きを退治するのを手伝った。
二度目だったからフラァマもうまく出来た。町の長からお礼にもてなされたので帰る時には上機嫌だったけれど。
たまには町の食べ物もいいと。基本的に食事が美味しければ満足な人なので。
そうだ。二度経験がある。
湯浴みを終えて、少し焦がしてしまったシチューを食べながらルーシャと話した。
忌吐きの特徴。危険。退治する方法。
万一に備え守護の香を焚いて、結局フラァマの寝台で一緒に寝た。窮屈だったけれど。
間違えれば死ぬ。油断すれば死ぬ。
そんな状況でも、ルーシャの鼓動を背中に感じると気持ちが和らぎ、朝にはかなり気分が落ち着いた。
忌吐きには警戒を。
けれど森羊や畑の世話などやらなければいけないことはある。
幽霊が出ようが雪が降ろうが、生きていれば明日の食事も必要なのだ。
一晩経ってみて疑問も湧く。
この家は結界で守られている。お師様の結界が、そうそう簡単に破られるものだろうか。
結界も全てを防ぐわけではないから、たまたま漏れてきたのかもしれない。あるいは結界を越える意思で侵入してきたのか。
倉庫から使えそうな道具を持ち出そうと思ったが、付け焼刃で使えるものがない。
ルーシャに持たせている短槍では意味がないだろう。クワや鉈でも同じく。
森で生きるのに必要な道具と、町で鉄製品などと交換する為に作り置いた薬などが多い。
守護の香のように、あやふやなものが濃過ぎる時に遮るものもあるけれど、決定打にはならない。
慣れない道具を使って撃退するのは諦めた。
「あまり使いたくはないんですけどね、これも」
「他に何かあるのなら、わたくしも手伝いますわ」
ルーシャが短槍を手放さない気持ちはわからなくもない。
わかりやすい武器。握っていないと落ち着かない。
「贅沢は言えません。森羊も、
「うろ、かめ?」
「表の一番の大木の中ですよ。老木で中が空洞になっていて、そういう場所に住み着く亀です」
常に動いていないとならない亀なのだけど、動き回ると捕食者に見つかりやすい。
だからなのか、巨木の虚の中をぐるぐると歩き回る習性がある。主食は虫のようだ。
フラァマ達とは共生関係にある。
「見てみましょうか。この時期は餌は必要ないので静かに」
ついでだからと、木の中を覗く梯子をルーシャに進めた。
忌吐きに対する警戒心と、虚亀への興味でどうしようかと悩んだルーシャだけど、すぐに短槍を置いて上に昇った。
彼女のお尻を見上げて、ふいと目を逸らす。体型はフラァマより女の子らしいので、ちょっと不満。
「……」
覗き込んでみて、今度はフラァマの方を振り返ってこくこく首を振るルーシャ。
いたいた、と。
しばらく観察して満足したらしく降りてきた。
「ぐるぐるしていましたわ」
「とても力強く休まず歩くので、時々石臼を引くのを手伝ってもらうんです。代わりに冬眠前の餌をあげます」
「面白そうね」
「大量に粉を挽くのは結構な労力ですからね。パンに使うもろこし粉だって、虚亀に手伝ってもらっているんですよ」
石臼の取手に繋いでも文句を言うことなく歩き続ける虚亀。
地域によっては風車などで粉挽きをするらしいが、ここでは亀車だ。亀だけど泳ぎは得意ではないと言う。
「変わった生き物がいるのね」
「もっと変なのもいます。つがいを見つけるのに上下逆さまになってキスする鳥だとか」
「なにそれ、ふふっ」
「うまく出来たらつがいになるって話ですけど……」
言ったところでルーシャと目線が合い、下げたところで彼女の唇に目が止まって。
「……」
何を考えているのか。ルーシャとフラァマではつがいになどなりようもないのに。うまく重なるわけもないのに。
他に誰もいないから変なことを考えてしまう。
「とにかく、暗くなる前に今日は切り上げます。何かの備えに水も余分に汲んでおきましょう」
「……そうですわね」
結局、その日は何もなかった。
翌日の夕方、外に出していた森羊が死んでいるのを見つけるまでは。
◆ ◇ ◆
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