第4話 境界線上の意地悪



「はいはい、全部終わりましたわ。これで出かけられるんでしょう」

「まだ残っています」


 おざなりな報告を聞きながら砂利から顔を出した芽を抜く。

 目に入る範囲ではこれで終わりのようだけれど。


「たかだか一本でしょうに」

「その一本を放置すれば増えるんです。言い訳しない」


 家と畑、花壇を囲うように小石をいっぱいに敷き詰めてある。

 そこに生えた雑草を抜くのが今日のルーシャの仕事。いつも通り水汲みも後でしてもらうのだけれど。



「砂利が敷かれているところはほとんど草がなかったわ」

「その為でもありますから」


 はてな、とフラァマに向けて顔を傾けるルーシャに答えかけて、口を閉ざした。

 お師様はすぐに答えをくれなかった。自分で考えるように。


「なぜか、考えてみて下さい」

「草が生えないように?」

「なぜ?」

「草抜きが面倒だからではありませんの?」


 なるほど。フラァマには考え付かない理由を見つけるものだ。

 答えを知っていると他の理由が思いつかない。



「草が生えない利点は?」

「利点?」


 ルーシャの視線が周囲をぐるりと回った。

 森の魔女の住まい、その周辺を。


「見通しがいい、かしら?」

「そうです。森には危険な生き物もいますから、近付いてきてもすぐわかるように。毒虫などは開けた場所を嫌いますし」

「う」


 ルーシャの眉がぎゅっと寄せられ、砂利より家近くに数歩移動する。


「お師様が結界を張っていますから、害のある類の生き物はあまり寄ってきませんけど」

「そ、それを先に言いなさいな」

「稀に人間が訪れることもあるので。訪れる時点ではただ迷っただけで害意がない人間でも、女の家だと知るとよからぬことを思いついたりもするそうです。砂利を踏む音はなかなか誤魔化せませんから」



 近付く者の気配を察知するのにも便利。

 仮に砂利の範囲を飛び越えようとすればそれこそ気配を誤魔化せない。

 いくつかの理由があって家を囲むように小石を敷いているのだ。


 有害な生き物対策。

 中でも一番性質が悪いのが人間というのは当たり前のような皮肉。


 フラァマがここに住むようになってからも二度、人間が迷い込むことがあった。

 最初は一人の男。魔女の家と聞いて、食わないでくれと怯えながらお師様の指し示す方角に逃げていった。後でお師様は食ってやればよかったと笑っていたものだ。



 次に来た二人組は良くなかった。嫌な記憶。

 雪の積もる時期だった。畑に出ていたフラァマを羽交い絞めにして食い物を出せとお師様に迫ったもので。

 お師様が渡した籠から棘だらけの蔦が伸び、悲鳴を上げてようやく森の魔女だと気付いたらしい。


 悪態をつきながら逃げていったが、片方は翌春に沼に浮かんでいるのを見つけた。もう片方は知らない。

 弔いなどしない。近くに落ちていた短槍と道具袋は回収しておいたけれど。


 あのまま言いなりになっていたらどんな目に遭っていたのか、想像したくもない。

 冬に森深くに入ったくらいだから、ろくでもない事情があったんだろうとお師様が言っていた。



「西側にはいくつか沼があります。際が分かりにくいところもありますから気を付けて……近付かないように」

「行きませんわ、そんなところ……行かない、のでしょう?」


 思い出したのでついでに注意しておいたら、フラァマより大きな背丈を少し縮めて訊ねられた。

 草抜きを頼んだ時に言っていたことを思い出したらしい。



 ――出かける準備をしますから、その間に砂利に生えている草を抜いておいてください。


 支度をしてきた。

 出かける準備ができたからここにいるわけで。


「森は危険ですから」


 いつか拾った荷物袋を肩にかけ、片手で持った短槍をルーシャに押し付ける。



「一人で留守番とどっちがいいですか?」

「フラァマ……あなたって、とっても意地悪ですわね!」


 ふんっと力強く短槍を取るルーシャに、フラァマは笑顔を抑えられなかった。



  ◆   ◇   ◆

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