第24話 告白と納得

 金曜日をむかえた。


 穏やかな日々と決別するときがきた。というのも、本日、青江羽衣が登校したのである。


「おはよう」

「……」


 朝、青江羽衣に珍しく挨拶をしてしまった。反応は、会釈というボディーランゲージだけで済まされた。


 木曜日も欠席していた彼女は、欠席していたのが嘘のように、自然とクラスに溶け込んでいた。


 それにしても、塩対応っぷりには苦笑せざるをえない。失礼なことをいうが、人類とロボットやコンピューターの類のどちらを相手にしているのか疑問を投げかけたいところであった。


 先日、つまり水曜日、俺が青江羽衣に囚われすぎていたことはいうまでもない。


 男のヤンデレという、イケメンでもない限り、厄介でしかない存在となりかけたこと。それは、思い出すだけでも背筋が寒くなるような失態だった。


 冴海を笑えるような立場ではなかったといえる。ヤンデレと真っ当な人間は案外紙一重なのかもしれない。



 放課後は文化祭委員での仕事があった。


 今回はウェイ系と同席する必要がなく、一瞬安心したものだが、その代わりが青江羽衣とふたりきりで作業というのは、果たしてどうなのだろうか。


 もちろん、接近の機会としてはありがたいことに違いなかったが、同時に、あの寡黙ガールと、一時間弱も一緒にいて気が狂いやしないか、不安に思う側面が強かったといえる。


「……それで、クラスの出し物の案なんだけどさ」

「はい」

「A案とB案、どっちがいいと思う?」

「……どちらも悪くない」

「どちらかといえば?」

「私なんかが決めても仕方ない」


 このような次第である。作業を進めようとしても埒があかない。


 俺は独自にきちんと動いていた。理由のひとつは、文化祭委員となったからには、責務を全うせんという決意であり、もうひとつは、青江羽衣の頼りなさへの認識であった。


 青江羽衣というのは、想像以上に意見を論じあうことにおいて役に立つことがなかった。


 白と黒のどちらともとれぬ立場をとるため、話がいっこうに進展せず、ひとりで考えるのとほぼ変わらないようなものであった。


 対話を重ねるほど、彼女が文化祭委員を立候補をしたことに対して、疑問符がますます浮かび上がっていく。モヤモヤは溜まっていく一方だ。


「もっと自分の意見を出してもいいんだよ」

「私には意見なんてない」

「それでもすこしは思うところがあるんじゃない?」

「……」


 はっきりしない態度を取られると、無視されているように感じられてしまう。我慢の限界をむかえたのは、話し合いが始まってから十五分も経たないくらいのときだった。


「青江さん、君、やる気あるの? なにをいっても興味なさそうな反応して。どうして文化祭委員になろうと思ったのか気がしれないっ!」


 苛立ちを隠すことはできなかった。明け透けにいってやってやや満足したが、それ以上に後悔のほうが強く押し寄せてきた。


 いうと、俺は「……ごめん、いいすぎた」とだけいまさらのように付け足した。勝手に怒り、反省し、後悔しているだけのそれは、自分の性格の悪さを自覚させた。


「……謝らないで。あなたは悪くない」

「だとしても、俺は自分のために謝りたいから」

「そう」


 俺が苛立っていることに対して、青江羽衣は関心を示していないように見えた。


「文化祭ってセミみたいだと思う」

「セミ?」


 ややあって、青江羽衣が重い口を開いた。


「外に出るまでに何年もかかるのに、騒がしく泣き散らかせるのはたった数週間足らず。文化祭も、準備は大変だけど、たった数日で終わってしまう。そこが、似てる」


 目を伏せたまま、とうとうと語った。これまで、青江羽衣がこれほどまで長くしゃべったことはない。これは驚くべきことだった。


「青江さん、いい声してるね」


 そんな印象を強く受けた。耳にぴたりと寄り添うかのような、透明感と甘みと深さをともなった声は、稀少な一物であろうことは間違いない。


「そう?」

「うん、とても」

「ありがとう」


 このとき、はじめて青江さんと繋がりを持てたと自覚しえた。極めて細く、そのうえほつれかけた糸のようなものだったが、俺にとっては大きな一歩として認められた。


「上倉君。私の話、聞いてた?」

「ああ、ごめん。文化祭がセミに似てる。そういう話だったよね」

「私はセミが嫌い。風情なんてないし、やかましいし。くだらない生き物と見下してしまうこともある」


 それが、文化祭を喩えているであろうことは想像に難くなかった。


「でも。ある日から、セミの良さを知りたいと思った。考えた結果、自分がセミになる、あるいはそれに近い視点に立てば、良さが理解できるんじゃないかって」

「だから、文化祭委員に立候補した」

「そう。私はセミになるって決めた。でも、苦手だったものをいきなり好きになることは難しい」


 年上のお姉さん好きだからといって、性癖の守備範囲を大幅に逸脱した、熟女系統を好きになれと突然いわれても困るだけだ。


 それと同じようなものだろう。


「ここ数日、素っ気ない態度をとってしまった。文化祭を好きになる覚悟が揺らぎつつあったし、変に警戒してしまったし……ともかく、色々な原因があんな態度を作り出してしまった。申し訳ない」

「いいよ、気にしないで。いってくれて安心したし、納得もした」


 あの素っ気ない態度に関しては、本人の性格に大きく由来するものであると強く想起させられたが、口に出さないでおいた。


「私、これから文化祭にきちんと向き合おうと思う」

「それじゃあ、一緒に頑張ろうか! 無理しない範囲で」

「……善処します」


 彼女の性質というのは、一朝一夕で変えられるようなものではない。ただ、このままでは文化祭委員の仕事に大きく差し支えるであろう。


 青江羽衣のミステリー。ようやく、すこしだけ解決された。


 まだ底知れぬ存在であることに間違いはないが、距離も数ミリくらいは縮まっただろう。今後の進展に安心して期待できるというものだ。



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