第23話 後輩と後輩

 水曜日の早朝。


 俺は、冴海が文化祭委員であると知った。


 しばらく体調を崩していた冴海であるから、あまり連絡をとれていなかった。いまさら知ることとなったのはそんな理由からだ。


『文化祭委員は先週決めたの。一年生はみんなそうなの』


 冴海により、我がクラスの決定が遅かったことが判明した。いや、正確には二年生が遅かったということかもしれない。


 この情報を知ったのは、メッセージアプリからである。体調がすぐれなかった間、冴海はスマホの電源すらつけていなかったらしく、水曜日になってようやくメッセージが繋がったのだ。


「よかった、知り合いがいて……」


 ウェイばかりが集まる中で、あの青江羽衣と一緒に突入するのも心もとない。冴海がいるとわかってさえいれば、ひじょうに安心できる。


 そんなに文化祭委員に対して怯えることもないのだろうけれど、本能がビクビクするようにいうのだから、従わざるをえない。


 俺は真性の陽キャラではないという、自明すぎることを再確認した。


『ところで冴海、青江羽衣っていう二年生を知らないか? メガネかけてる前髪長い子。一緒に文化祭委員をやることになったんだけどさ』


 数回の会話の応酬を終え、俺は冴海にたずねた。あくまでだめもとである。上級生のことなんて、そんなに情報は入ってこないだろうし。


『青江……どこかできいたことあるかも。二年生じゃないけど』

『わかった、サンキューな』

『その女、始末しても平気だよね』

『物騒なことをいうもんじゃないよ?』

『変な気とか起こさないでほしいだけなの』

『それだけはないから安心してくれ。得意じゃないタイプだし』

『了解なの』


 かくして、学校前のメッセージのやりとりにピリオドが打たれた。


 もう学校に行かなければ。


 朝食はもう食べた。目玉焼きとベーコンを挟んだトースト一枚、そして紅茶一杯。これだけあれば充分だ。


 制服を着て、鞄を肩にかけて靴を履く。何百回もやってきたことだ。


「……いくか」




 青江羽衣が学校を休んだ――その事実を知ったのは、朝のホームルームのことである。


 欠席理由は告げられない。それは他の生徒であっても同じであり、当然のことであるが、なぜ欠席理由を教えてくれないのだろうかと、俺はもどかしく思っていた。


 またひとつ謎を作った。青江羽衣という人物は、知ろうとすればするほど、謎が増えていく。正体が見えなくなっていく。不思議な女だ。


 クラスメイトの誰しもが、青江羽衣に対して興味をむけていないように見えた。すこし前の自分もそちら側の人間だったが、いまは「なぜ青江羽衣のことを誰も気にしないのか」という考えを持つようになっていた。


 別にここまで執着する必要もないというのに、いったい俺はなにに惹きつけられているのだろうか。青江羽衣が魔術師とでもいわれれば理由を考える必要もないな、とふと思った。



 退屈な一日は時間が過ぎるのが遅くて早い。矛盾しているようないい回しだが、感覚的にはこれで正しい。


 退屈だと、時間の経過が遅くなる。しかし、すべての授業が終わって放課後になった途端、一日があっという間だったな、という気持ちになっていくのだ。


「ほう、晴翔殿。それは恋に似ているように思われるぞ?」

「でも、恋ではない」

「​主観的な判断などあてにならんよ」


 放課後の時間を潰すのに、俺はバッティングセンターを選んでいた。


 バッティングはひとりでやるよりふたりでやったほうがいい。そういうわけで、縁菜も誘った。


「青江羽衣、イメージしてもまるで魅力というものが伝わってこない。いやしかし、恋は盲目というからな……」

「恋じゃないんだよ、縁菜。知的好奇心をくすぐられるんだ。

 

 好きな教科をとことんつきつめたいという感情と同じだ。青江羽衣は、俺にとって〝おもしれー女〟なんだ。インタレスティングのほうでだ。


 小説やアニメの続きが気になる感じで、青江羽衣が気になるんだ」


 積極的に近づきたいやつではないはずなのに、である。


「複雑な思いを抱いているのは承知した。しかし、私には解決できそうにないな。申し訳ないが」

「いや、いいんだ。誰かにモヤモヤを吐き出したかっただけだから」


 ややあって、縁菜はなにかを思いついたらしく、意地悪そうな顔をして口を開く。


「もしそれが恋心だったらの話だが……優里亜殿はどうなるのだ?」

「それは優里亜さん一択だ」

「青江羽衣を完全に切り捨てられるか?」

「それはわからない、そのときにならないと」

「答えになっていないが……まあよい。いまはバッティングでもしようぞ。体を動かしてさえいれば、余計な思考はカットされるからな」


 本日のバッティングの調子はいまいちだった。ホームランはさることながら、ヒットもまるで打てない。ボールが逃げていくようだった。


 掠っても、芯には当たらない。掴みどころがない。まるで青江羽衣だ。


 こうして、体を動かしていても雑念は消えなかった。


 ここまで脳内にこびりついて離れないことに、俺は一種の気味の悪さを感じざるをえなかった。


 本能が彼女を意識せよとでも呼びかけているのだろうか。


 嫌な話だ。


 いち早く、青江羽衣に関する情報が公開されることを望むほかない……。



 ――思いが届いたのは、それから二日後、金曜日のことであった。

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