第16話 バッティングと女友達②

「飲み物、買わないか」

「よい考えであるな! むろんおごってくれるようよな」

「君は先輩から金をたかるんだね」


 俺たちはまだバッティングセンターのベンチで駄弁っていた。


 スポーツの後は喉が渇く。水分補給は欠かせない。風呂あがりの牛乳の次席で、スポーツ後の飲み物はたまらない。


「冗談だ。飲み物程度でたかるほど、晴翔殿は安くない。たかるなら十万円以上と心に決めている」

「わけがわからんな……ともかく、なにがいい?」

「梅ジュース」


 即答だった。


「セレクトが和でかつ渋くて想像通りだよ」

「……もし私が散華したら、お供え物には梅ジュースと饅頭を所望する。そのくらいには好きだ」

「戦国時代設定は抜けないみたいだね」


 平常運行である。こんな感じで生きていたら、疲れそうだな、と思ってしまう。


 自分の場合、武士とか絶対無理そうだ。すぐに撃たれるか刺されるか、そもそも戦いに参加できないか、いずれにしても役には立てる気がさらさらしない。


「いつもいうが、これは設定ではない! 私はかの武将の生まれ変わりであって……」

「わかってるって、縁菜は本物の武将だもんな」

「晴翔殿、心の中では嘲笑しているな」

「そういうなって」

「私は晴翔殿の本心がどうであろうと構わん。別に傷つくこともないからな。この性格で何年やっていると思っている? あるときから、馬鹿にされている前提で堂々と生きているぞ」

「お、おう」


 時折、人のある要素に対して、勝手に心配したりある意味尊敬したりすることがある。


 冴海がいい例だ。


 よく、あのヤンデレチックな属性を秘めていながら日常生活を送れるよな、と。尊敬でもあるし、このままで将来大丈夫なのだろうかと不安になることもある。


 最近では、優里亜さんの無防備さが思案の題材としてあげられる。


 その性質で損している実例(金銭問題)も知ってしまった以上、過去にも似たような事例があるのではないかと考え、勝手に震えている。


 何様のつもりなんだろうか。自分が他人を評価していいほどの立場ではないのだろうとぼんやり思いつつも、せずにはいられない。


 もっと自分の心配をしたほうがいい。変態のまま将来をむかえるのはよろしくない。


「私は私を貫く。晴翔殿が変態でも、問題なかろう……犯罪には手を染めるでないぞ? ギリギリを攻めるのがおすすめだ。そのくらいが一番楽しいからな」

「これって教唆に相当するんじゃない?」


 完全にいけない世界に引っ張ろうとしている。


「たとえ罪に問われても、黙秘するかしらを切るかの二択だ。あと、その際はやった晴翔殿が十割悪い」

「前世の武将は悪どくてせこかったんだな」

「うっ……それとこれとは別の話だ」

「都合が悪かったか」

「そんなことはどうでもいい。はよ梅ジュースを買ってくるんだ。ほれ」


 いつの間にか縁菜は硬貨を出していた。親指で弾き、こちらまで飛ばしてくる。五百円玉だ。


「今回は私が奢ろう」

「どんな思惑だ?」

「ただの気まぐれだ。借りを作っておくと後でなにかの役に立つかもしれんしな」


 自販機は十数歩圏内にあった。先に梅ジュースを購入しておく。


 それは最後の一本だったらしく、俺が飲み物を選ぶとき、梅ジュースには「売切」の赤い文字が浮かびあがっていた。俺は無難に麦茶を選んだ。


 それから、しばらく雑談が続いた。


 おもむろにジュースを飲み、呼吸を整え、決心し、いよいよ本題に入る。


「……俺、優里亜さんと同居することになった」

「ほう、そうか」

「想像よりも反応が薄いな」

「これまでとさほど変わらんであろう?」

「どうだろう」


 取り決めたことを伝えると、縁菜はやや考える素振りを見せ、


「変わらんな」

「やっぱりそうか」

「晴翔殿は女性を惹きつける魔力でもあるのか? 展開が目まぐるしくてついていけん」

「たしかに早すぎるとは思うけど、色々事情があるわけだし、ね?」


 金銭トラブルといった、深い話まではしていない。ゆえに、縁菜には実際よりもとんとん拍子で物事が進んだようにきこえたかもしれない。


 事情を考慮しようとしまいと、本当に早い。優里亜さんの行動力によるところも大きいのだろうが。


「事情、ね?」


 わざとらしく語尾が強調している。探ってくるように、じっとこちらを見つめてきた。


「詮索するなよ?」

「承知しておる」

「ならいい」


 優里亜さんとの同居(?)のことを打ち明けたのは、遅かれ早かれバレるのはほぼ確定だったわけであり、隠す必要はないと判断したからだ。


 金銭問題に関しては、優里亜さんの立場を考えれば、大ぴらに知られたいとは思わないはずで、隠せるところまで隠し通せねばならない、という方針だった。


「……晴翔殿、優里亜殿に騙されてはいまいか? やはり、都合がよすぎると思わざるをえんのだよ」

「大丈夫だ、きっと大丈夫」

「自分を過信するでないぞ。すこしでも違和感を覚えたのであれば、すぐに斬ってもいいのだぞ」

「そうだね……ってそうであってたまるかっ!」


 斬り捨て御免じゃあるまいし。


「まあ、ともかく私は晴翔殿の判断にまかせるほかない。私は晴翔殿ではないからな」


 いって、立ち上がる。


「さらば、晴翔殿。また会う日までっ!」

「じゃあな。なんかやけに唐突だけど!」

「そうか? 時間が時間であると思うが」

「……どうも、意外に良い時間らしいね」


 夕方にさしかかっている。 俺も帰らねば


「よし、決めたぞ。俺も帰るもしようか」

「では途中までおともさせていただこう」


 バッティングセンターでの気分転換はこうして終わりを告げた。


 懸念事項に目を逸らしただけの現実逃避ではあったがな。

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