第15話 バッティングと女友達①

 気持ちがやや混乱している。そう感じたとき、俺はバッティングセンターへと足を運ぶ。

 

 バッティングセンターは俺の近所にある。


 看板は劣化していて、「バッティングセンター」という文字は掠れ気味だ。


 客足はすくなく、いつも閑散としているので、ほぼ貸切状態のようなものだ。


 優里亜さんとの同棲を考えるたび、心にざわめきが起こるのは必定。じっとしていれば悶々としてしまう。それを避けるべく、思いを硬球へぶつけにいくのだ。


 慣れた足取りでいつもと同じ速度のところを選んだ。コインを投入し、荷物を置いて打席へ立つ。横にあるバットを掴み、投球機にむかってバットを構えた。


 機械の腕がギギギと音を立てて回っている。


 タイミングをはかりつつ、体を入れていく。やや黄ばんだボールが目につく。


 ……来る!


 ボールが放たれ、機械の腕が反動で前後に揺れる。


 コースはど真ん中。狙いを定め、バッドを振る。


 衝撃。


 アッパースイング。バットの芯に当たった感触。舞い上がるボールの軌道を追う。


 高いところに取りつけられた「ホームラン」と書かれた板にボールが直撃。


「……しゃあっ!」


 本日初のホームランである。


 ***


 ホームランはあの一回だけだったが、その後もよい打球を放つことはできた。


「さすがだな、晴翔殿」

「まあな。かなり通ってるわけだし、打てないとこれまでの努力がなんだったんだってなる」

「はて、どこか苛立ちを覚えざるをえないな。まあ、このくらい当然と煽られているような」

「悪気はない」

「承知している。私も負けていられないと思っただけだ」


 奇人であり鬼神ともいえる女、緑岡縁菜。


 凄まじい運動神経を誇るが、いささか古臭さを感じる喋りと、特異な思考回路から生み出される強気で奇抜な言葉選びのせいか、友人がすくないという。


「というか、まさか縁菜がいるとは思わなかったよ」

「さほど驚くようなことでもなかろう。私と晴翔殿が場所を同じくするようなことは、遥か昔日からの運命だったであろうから」

「スケールが大きいね」

「視野が広いといっていただこうか」


 縁菜に奇抜な言葉選びをさせるのは、彼女の中で醸成された、厨二病的世界観のせいだろうと勝手に思っている。現在、このバッティングセンター内は絶賛縁菜ワールド全開中だ。


 本人の口からは一度もきいたことはないけれど、縁菜は「ござる」とかをいいそうなタイプだよね、きっと。


「では。縁菜、参るッ!」

「……ご武運を」


 ときおり、縁菜ワールドに合わせてやること。それが、縁菜と過ごす上では肝要だ。


 見送ると、俺はベンチに腰かけた。ベンチと打席は、ガラスの壁と扉で遮られている。


「サアァッッ!」


 ただ、現在の縁菜の行動は、ガラスで遮られていることを忘れさせる。


 格闘家か猛獣よろしく、凄まじい雄叫びをあげていて、こちらまではっきりときこえている。ともすれば近所迷惑になりそうな勢いだ。


 自分を鼓舞しているのだろうか、謎のルーティンを実践していた。心ゆくまでそれらをすると、硬貨を投入しバッティングを開始した。


 本当に、ここが閑散としたバッティングセンターでよかったと思う。あのテンションで見知らぬ人がいるところにいれば、警察のお世話になりかねないだろう。


 縁菜が構える。何度か素振りをし、感覚を掴もうとする。フォームはやや荒く、洗練されていない。はたして、大丈夫なのか。


 投球。


 バットが振られる。やはり荒いのだが、縁菜はそれをパワーでカバーしていた。


 芯を捉えていなさそうな打球音であるが、ボールはぐいぐい伸びていく。


 上がりきったボールは、ホームランの板の上まで飛んでいた。技術が足りていなくても、ホームランは打てる。パワーこそ力なのだ。それも、俺より一段階上のスピードでやってのけた。


「しゃああああっっ!!」


 ボールがホームラン越え(?)したのを見届けるやいなや、縁菜はバットを無造作に置いてガッツポーズを決めた。


 それから、こちらにアイコンタクトをとってから、破顔してサムズアップ。こちらもサムズアップを返す。


「……我、打ち取ったり!」

「ここは戦国時代の戦場かっ!」


 ガラスがあろうとなかろうと、これはツッコまざるをえなかった。


「我の快進撃は止まらないぞ! 第二球も楽々と打ち取ろうではないk……」


 縁菜はおしゃべりが過ぎた。第二球はすでに投げられていたのだ。


 バットを握ろうにも、もう遅い。ボールは後ろの金属板に衝突。本物の試合ならストライクである。


 調子に乗るといいことはないらしい。ともあれ、ボールが直撃するようなことにはならなくてよかった。




「なかなかよい成績だとは思わないか?」

「……そうだな。ちょっと悔しいだけだ」


 バッティングを終え、俺たちはベンチで一休みをとっていた。


 あれから、縁菜の快進撃は止まらなかった。ホームラン級を打った数は俺よりも上だった。


「今回は勝てただけだ。油断はできない。次回も必ず勝つ」

「望むところだ、縁菜!」


 拳を突き出し、グーパンチ。


「……なんだか、熱血系の話になっていないか」

「そうであろうか? 私はなんら違和感を覚えないが」

「もっと、俺が身を置くべきなのは、ラブでコメな話な気がする」

「スポーツも青春。青春はラブ。よってスポーツもラブでコメ。問題あるまい」

「そうだけどね」


 俺はいったい何をしているんだろうと、現実世界に引き戻されそうになる自分がいたようだ。


「晴翔殿は贅沢なのだよ。おなごとふたりきりで汗をかけるなど、羨ましがるものもさぞ多かろうことよ」

「自分でいうものなんだろうかな。あと若干意味深なことをいわんでくれ」

「晴翔殿はえっちであるから、そういったよからぬ考えに及んでいるのではないかと思ってしまってな」

「縁菜まで変態扱いなの?」


 みんな変態変態いうよね。ひどい、晴翔くん泣いちゃう。


「それは一般常識ではなかったのか?」

「ちょっと傷ついたな」

「傷は勲章だ。友達の妹の下着を見て興奮するような男には、勲章とはいえないかもしれないが」

「俺変態だね」


 すこし考えればすぐにわかることだった。

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