第12話 休戦とスカート

 俺は氷空ひそらを従わせることに成功した。


 少々汚い手を使ったが、彼女からの妨害が入らなければ万々歳なのだ。むろん、寧日ねいじつは長く続かないだろう。あくまで応急処置にすぎないのだ。


 我が家のソファに腰を沈め、携帯電話を手にとる。いまはなにも考えたくない。少し休んでから勉強しなくちゃならないからな。


 ネットサーフィンで無為に時間を潰すことは、たかが刹那の快楽のために大きな罪悪感を伴う。


 後悔すると頭でわかっていても、ついやってしまうものだ。現に、当初の想定よりも携帯をいじってしまった。


 俺は気持ちを切り替えるためと電源を落とそうとしたのだが────。


 本体が小刻みに揺れる。着信のようだ。


「もしもし」

冴海さえみなの」

「あれ、冴海? 俺、忘れ物でもしてたか?」

「違うの。はるとのことでも冴海のことでもないの」

「となると、誰の話になるんだ」

初川優里亜はつかわゆりあとかいう女の件なの」


 俺も冴海ちゃんも初川さんも、みんな同じマンションに住んでいる。優里亜さんにトラブルがあって、冴海ちゃん経由で話が来た……いや、それはないか。


 なんせ俺は優里亜さんの隣の部屋の住民なのである。わざわざ冴海ちゃん経由で伝える必要はなかろう。


 そうなると、導き出される答えはひとつ。


「はるとと優里亜とのこと、あやふやにするつもりはないの」

「しかし、そうなるとあの時間が茶番だったといわざるをえないな」

「だから、距離感を間違えたら死を覚悟するといい、とだけは警告しておくの」

「現状維持と捉えていいのかな」

「まぁそういうことなの。以上なの」


 即答だった。躊躇いはまるで感じられない。


「ずいぶんと簡潔だな」

「なら、はるとは何時間も言葉責めされたいということなの?」

「んなわけあるか」


 極端すぎる。俺は決して、すすんで年下に責められにいくような人間ではないぞ。


「最後に追伸なの。冴海たちだけを気にかけていると痛い目に遭うの」


 その言葉を最後に、通話が切れた。


「あいつら以外を気にかけろといわれてもな……」


 優里亜さんとの出会い以来、つまり土曜から今日までで考えると。


 きちんと顔を合わせた女友達は、冴海と氷空と縁菜のみ。そう、女友達は冴海たちだけではないのだ。


 まぁ、冴海たちほど深い関係にはないがな。冴海の忠告はありがたく受け取るが、現在のところは考慮に値しないさそうに思う。


 この間に優里亜さんと仲良くなるのだ、という願望は強まるばかり。条件は揃っている。あとは全速前進である。


 うむ、はじめに何をしようか……。


「あ、連絡先!」


 部屋が隣同士だからいらないじゃん、とかそういうことではない。隣同士だからこそ、必要なはずだ。


 優里亜さんの汚部屋具合と性格を考えると、不安でたまらない。いつなにをやらかすか、しれたものではない。もし俺が家にいないときになにかあったらどうするんだ──────。


 なんか途中から子の心配をする保護者みたいになっていたが、スルーしよう。表向きは今のをもう少し言い方を変えればよかろう。もちろん、裏の目的は下心的なものである。三代欲求がほとばしる年頃だから仕方ないね。


 最低限の荷物を持って、玄関に出る。


 鍵を開け、扉を押し開けようとしたところ。


「ん? やけに軽いな」


 ドアを押してすぐ、その重みが消え去ったような感覚に陥った。本来ドアを開けるのに必要な力と、実際にドアを開けた際に必要だった力にギャップがあった。


 慣性の法則が容赦なく俺を痛めつけにきようとする。


 上半身が地面に吸い込まれるようだ。受け身は取れそうになかったから、顔を木津つけないような体勢を瞬時にとった。


「痛えぇ……」


 うつ伏せを免れ、代わりにほぼ仰向けの体勢になることを余儀なくされた。頭がぼんやりとしている。目を開けるのが億劫だ。


「晴翔君、大丈夫?」

「その声は優里亜さんですね」

「うん。そうだけど、そうなんだけどね」


 優里亜さんが近くにいる。優里亜さんが年上であるせいか、どこか包容力すら感じられるように思う。


「どうしたんです、そんな納得いかなそうな口調でいうだなんて」

「その、晴翔君。もしかして目を開けてなかったりするかな」

「はい、そうですが」

「絶対に目を開けないでね!」」


 突如としてボリュームアップしたものだから、驚いて目がパチリと開いてしまったらしい。不可抗力だった。


「あっ……」


 ボソリと漏れたこの一言がすべてだった。


「見たわね」

「見えてしまいました」

「じゃあ、色は? ……晴翔君、正解よ」


 俺の目に飛び込んできたのは、優里亜さんのスカートの中身だった。

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