第4話 お姉さんと女友達②

 幼い頃から懐かれていたものの、冴海さえみちゃんがヤンデレの片鱗も見せることは、少し前まではなかったはずだ(気づかなかっただけかもしれないが)。


 しかし、彼女が中学生になって以来、状況が変わった。彼女のヤンデレという性質が、じょじょに現れてきたのだ。


 とにかく、尽くす、尽くす、尽くす……。


「はるとのためなら」と彼女はいい、俺は相当の愛情を注ぎ込まれた。愛は重くなりすぎると、やがて毒になる。うまく距離をとることでヤンデレを押さえつけているからいいが、第三者から見ると、冴海ちゃんはなかなかの地雷系女子だと思う。一見穏やかそうでも、中身はわからないものだ。


「自重はしているの。でも、料理作るくらいは今後もいいよね?」

「もちろんだ。だから、間違っても髪の毛とか唾液とかを入れるんじゃないぞ」

「フリですか?」

「フリであってたまるか!」


 ヤンデレは、フグみたいなものだと思う。


 毒の部位だけを取り除けば、美味しくいただける。しかし、処理がうまくないと毒が体に周り、死に至らせる。


 重要なのは捌き方────要は扱い方だ。ここがうまくできれば、誰だってヤンデレをはじめとした地雷系女子ともうまくいく。しかし、これが難しいから多くの男子は痛い目を見ている。それだけのことだ。


「はると、さっそく本題の忘れ物を渡してほしいの」

「ああ、そういえばそんな要件だったな」

「それ以外になにかあったとでもいうの?」

「冴海ちゃんなら他の要求がありかねないと思ってね」


 まさかあるわけないじゃないですか、と冴海ちゃんが強調したので、「今回は本当にないのかもしれないな」と納得した。


「さてさて、どこに置・い・た・か・な?」


 冴海ちゃんの忘れ物というのは、お揃いで買ったリストバンドのことだ。当時はまだ互いにスポーツをやっていたから、プレイ中におしゃれとしてつけてみようという話になったのだ。


 大事な試合のときは願掛けとして必ずつけるようにしていたものだ。一度見れば、冴海ちゃんのことを思い出せる。


 ここぞというときに冴海ちゃんの顔を思い浮かべると、緊張がほぐれる。実に重宝したものだ。


 冴海ちゃんは現在も部活動を続けている。ただ、リストバンドは何時も体から離していないらしい(洗うときはもちろん外すようだが)。


 ゆえに、まさかリストバンドを忘れていくとは思っていなかった。


「あれ、見当たらないな……冴海ちゃん、どこで落としたか覚えている?」

「うーん、たしか……」


 そのとき、最悪ともいえるようなタイミングで、俺は思い出した。




 ──────あ、リストバンドって寝室に置いてあった気がするな。




 前に遊びにきたとき、「結婚したら女の子とかがほしいの」といいだし、なぜか寝室のベッドの中に侵入していたのだった。


「一緒に寝ないの?」


 なんてセリフを嬌声きょうせいをともなって口にしたわけだから、断るのに必死だった。ヤンデレは暴走すると怖すぎるんだ。


 きっとそのときに布団に引っかかって取れてしまったんだろう。



 ……非常にまずい展開だ。


 とにかく、「ここにはないよ!」と強調しなくれはならない。きょうさえ乗り切れば、優里亜ゆりあさんは自分の部屋に戻るんだ。必ず持ちこたえなければならない。さもなければ、ヤンデレの悪いところが露呈してしまう……!


「あれ、おかしいな。どこにもないじゃないか」

「そこかしこまできちんと見たの?」

「見たさ。でも見当たらない」

「男女差別をするつもりじゃないけど、男の子って探し下手な傾向にあるらしいの。だから、女の子である冴海が探せば、見つかりやすいと思うの。徹底的に検証したいの。現場百遍というくらいだから」

「ここは事件現場じゃないから!」

「はるとのことだもん、女の人のひとりやふたり────」

「見覚えのない誹謗はやめてくれ」


 状況は悪化の一途をたどるばかり。さて、どうすればいい……。


「あーどうしよう。やべ。たしか学校か塾に持ってって置きっぱなしかもしれないな」

「嘘をつくにも下手すぎるの。もし本当なら最初にいってるはずなの」

「いま思い出したんだ」

「じゃあ、トイレとかクローゼットの中とか賞状の間とか、あとは寝室の中とか」

「…………!」


 つい、寝室という言葉に反応してしまった。


「やっぱりなのね。明らかに視線が寝室にチラチラいってたから疑ってたの。確信はなかったけど、もはや詰問するまでもないみたいの。あのチラチラ具合、まるで氷空ひそらの胸を見てるときみたいだった」

「そうだな、氷空の胸なんて見r……ときもある」

「もはや黒確定なの」


 俺の制止も虚しくおわり、股の間をくぐり抜けて寝室へダッシュする冴海ちゃん。


「ここにやましいことがあるはずなの!」


 ドアを開くと、ベッドの上で行儀良く座っている優里亜さんが、驚愕で目を見開いていた。


「……お、女?」


 女同士が相見あいまみえる。気まずい沈黙。優里亜さんはぎこちなく苦笑し、「お邪魔しています」とだけいった。


「お姉さん、ゴムってそこらへんに転がっていないの? ちょっと湿ってると思うの」

「え……晴翔くん、まさかロリ……いや、その前にゴムって……」


 優里亜さんが顔を赤らめる。弁解しようとしても、視線を合わせてくれない。


 寝室、ゴム、湿っている……。


 ダメだ。これじゃあまるで、俺が冴海ちゃんと(ピー)したみたいじゃあないか。


 ふと女性陣を見ると、向けられたのは冷たい視線。


「……他の女がいるなんて、最低なの」

「まさか小学生と、そういうことをするなんて……」

「違うんだ、これは誤解なんだ……誤解なんです」

「はるとの嘘つき」

「手を出していい相手とそうでない相手がいますよ」


 果たして、誤解は解けるのか。弁解はきき入れられるのだろうか。


 きっと今の俺は、暗澹あんたんとした表情を浮かべているに違いない。

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