第3話 お姉さんと女友達①

「お邪魔しま〜す」

「ちょっと散らかってますけど大丈夫ですかね」

「……嫌味なのかな」

「そんなつもりはありませんよ」


 靴を脱ぎ、部屋に入る。


 俺の住む部屋は1LDKだ。正直、一人で住むにはちょっと贅沢すぎると思う。ただ、両親曰く、衣食住は「生きる上での基本」という一家言いっかげんがあったので、出費してもらっている。


「私の部屋と似たような間取りなのね」

「だって同じマンションじゃないですか」

「たしかに!」


 ……天然すぎる。


 廊下を抜けると、リビングとキッチンがある。寝室は扉を閉めているからここからは見えない。


 照明をつけている間に、優里亜ゆりあさんを見逃してしまった。見回してみると、彼女はあるものに目を輝かせていた。


「わぁ〜、すごい! トロフィーとか賞状とかがいっぱいありますね。優勝とか準優勝とか書かれてる。メダルもありますね」

「僕にはスポーツしかなかったんで。他のことはからきしダメでしたから」

晴翔はると君、もうスポーツはやっていないの?」

「怪我をしてしまって、引退せざるを得なくなりました。半年前の試合で、この通りです」


 一言断ってから、服を少しめくり、怪我した部位をさらけだす。日常生活に支障はないものの、手術の痕は残ってしまった。


「ごめんなさい、きかれたくなかっただろうに」

「気を落とさないでください。もう半年も前のことです。過去と訣別するには十分な時間が経ちましたから」

「それならいいのだけど……」


 口では強がってみたが、未練はまだ残っている。賞状やメダル等を、わざわざリビングの目立つ場所に飾り続けているくらいだ。いまでも、「もし怪我をしなかったら」と考えてしまうこともある。


「話は変わりますが。優里亜さんってどこの高校に通われているんですか」

「そんなに若く見える? 晴翔君、お世辞でもそういう発言は今後ともウェルカムだからね?」


 まずは一安心だ。年上だという確信は間違っていなかった。


 きっと大学生ぐらいだろうとは思っていだが、ワイシャツにスカートという格好の場合、高校三年生の可能性も捨て切れなかった。


 優里亜さんは、年上感満載でありながら童顔の部類に入るタイプ。高校生でも十分通りそうだ。


 初対面の女性に、じっさいよりも高い年齢をいうなんて失礼にもほどがあるので、この質問を選んだ、というのもある。


「年齢は尋ねないことにしておきます」

「四捨五入すれば二十代、とだけはいっておくわね」


 となれば、十八〜二十四歳ということになる。大学生くらいか。推測はあまり外れていなかったらしい。


「大学とか仕事とかはないんですか?」

「いま大学が夏休みで……」

「年齢隠す気さらさらなさそうですね」

「うっかりしてました。てへ」


 軽く舌を出す仕草に、ついドキッとしてしまう。


「晴翔君、もしかして私に惚れてる?」

「黙秘権を行使します」

「じゃあちょっと可愛いくらいは思ったかな」

「……ノーコメントです」

「つれない子だな。もっと素直になっていいのに」


 彼女の第一印象は、「残念系の天然お姉さん~素晴らしいスタイルを添えて~」というところだろうか。


 お姉さんらしさは、さして見受けられない。ただ、俺が求め続けていた、年上の女の人に変わりはない。まさかこんな別嬪べっぴんさんに出会えるとは思っていなかった。


 奇跡は起きた。幸運の女神は俺に微笑んだのだ。


「ともかく、まずは手を────」


 後に続く言葉は、インターホンのせいで遮られた。


「こんなときにいったい誰だ……はーい」

冴海さえみなの。忘れ物を取りにきたの』

「ああ、そういやなんか俺の部屋に落ちていたな」

『入ってもいい? どうせひとりなんでしょ』

「いやち……ああ、そうだ。でも、少し待って────」

「晴翔君、お客さんでもきたのかな」


 優里亜さんが小声で訊ねた。


『……もしや、女、いる?』


 トーンダウンした声で、冴海ちゃんはいった。だめだ、あいつにバレると厄介なんだ。


 まずは、優里亜さんにシャラープをお願いしておく。


「いないから! さあ、くるといい。鍵はいつも通り空いている」

『わかったの』


 インターホンを切る。さっそく冴海ちゃんを呼べる体制を作らなくては。


「……ちょっと事情が事情なんだ。もう時間もない。しばらく寝室に隠れてもらってもいいですかね」

「事情なら仕方ないですよぉ。隠れておきます!」




 ……このとき、焦りすぎて気づかなかったが。


 冴海ちゃんの忘れ物は、寝室にあったのである。


 判明したのは、時間にして五時二十分、冴海ちゃんが部屋に乗り込んでからのことであった────。




「ごきげんようなのです」

「こんにちはじゃないんだね」

「〝こんにちは〟と〝こんばんは〟に迷う時間帯だからなの」

「とにかく、入ろうか」


 優里亜さんには身を潜めてもらった。彼女は俺より年上、道理はわきまえているはず。まさか寝室から出てくるような真似はしないだろう。そう信じている。


 部屋全体にはファ○リーズをかけておいた。優里亜さんの匂いを消す、応急処置だ。


「なんだかフ○ブの匂いがめちゃくちゃしますね」

「冴海ちゃんを男臭い部屋に入れるわけにはいかないからさ」

「はるとも女の子に配慮ができるようになったんだね! 冴海、うれしい!」

「そりゃあどうも」


 さて、この部屋に上がり込んできた子は世界冴海せかいさえみという。この子は珍しく、勝利しょうりの妹(=氷空ひそら)の友達、という繋がりで知り合ったわけではない。しかし同時に、氷空の友人でもある。


 背はかなり小さく、いうならば小動物系といったところだろうか。庇護欲をそそられるタイプともいう。泣き顔なんて浮かべられたら、かなわない。


 年齢は三つ離れていて、中学二年生。俺の実家とは近所だった。いわばちょっとした幼馴染といったところだ。彼女は、通っている。


 というのも、うちの私立高校は中高一貫校なのだ。氷空も通っている。つまり、俺の女友達はみんな同じ学校の生徒なのだ。


 ちなみに勝利も同じ高校だ。あいつとは同じクラスだ。補足終了。


「……んで、訪問の理由をきかせてくれるかな? 忘れ物以外に、なにか理由があるんだろう」


 彼女が我が家に来る場合、だいたい理由がある。些細な要件の裏には、別の目的がある。それが、冴海ちゃんなのだ。


「女の勘なの」

「どういうことかわかるように教えてくれるとうれしいな」

「おうちにいたらね、なんだかそわそわしてきたの。虫の知らせ、っていうのかな。あ、たぶんはるとに悪いものが近づいてるんだ、って。だから、ここまでやってきたの。長い道のりだったの」

「……俺たちって、同じマンションじゃないか!」


 実家自体はお互いに学校から遠い。ゆえに、冴海ちゃんも中学生ながらひとり暮らしをしているのだ。


 このマンションにしたのは、


「はるとが近くに感じられると落ち着くの」


 なんて理由らしい。知り合いが近くにいた方が安心、という理屈はもっともだ。だが、冴海ちゃんがここのマンションに住む、真の理由は違う。


「私はいつでも同棲オッケーだし、家事ならなんでもやるし、はるとにお願いされたら私はすべてを捧げる覚悟があるし、それにね、はるとのためなら命だって────」

「愛してくれるのはうれしいけど、愛が重すぎるッ!」


 ……冴海ちゃんは、いわゆるヤンデレだった。

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