第2章

 五人は揃って立ち上がり、デスクに座った俺を取り囲むと、殆ど同時に懐から写真を取り出して、トランプの七並べみたいに、俺の前に置き、声を揃え、

『私の妻です』

 と言った。

 俺は五枚の写真を手に取り、確認する。

 年齢はまちまちだが、一つだけ特徴があるとすれば、全員際立った美人というわけでもなく、街中を歩いていればごく普通に見かける、そんな女性だった。

・一人目は貿易会社社長の妻、年齢は夫と同じ年。即ち50代前半。丸顔でふくよかだが、決して肥ってはいない。自宅で学習塾を経営。(仮にA子としておこう)

・二人目は私立大学准教授夫人。年齢29歳。背が低く、色白である。セミロングの髪をした現代的な女性。ピアノ教室を開いている。(B子としておく)

・三人目は大手文房具販売店の副店長婦人。年齢は30代後半。小柄で年齢よりは若く見える。専業主婦(仮名・C子)。

・四人目、区役所職員夫人。年齢は夫と同じ位。銀縁の眼鏡をかけて、知的な顔立ちをしている。専業主婦(仮名D子)。

・五人目、運送会社経理係長夫人。年齢、夫とほぼ同じくらい。夫よりも背が高く、スタイルもいい。英語塾の講師(仮名E子)。

 俺はスティックを齧り尽くすと、大きくため息をついた。

『引き受けるとして・・・・探偵料ギャラはどなたが支払って下さるんです?まさか五人で頭割りってことはないでしょうね?』

『そんなことはありません!』

 貿易会社社長が、皺だらけになったハンカチで顔の汗を拭ってから、使い捨てマスクで口を覆い、身を乗り出して大声を出した。

『勿論ギャラはそれぞれ別払いにします。』

 彼は他の四人に目配せをすると、彼らも黙って頷いた。

『よろしい。探偵料は一日六万円と必要経費。それから万が一拳銃が必要とされるような事態に遭遇した場合には、危険手当として四万円を加算させて頂きます。他に聞いておくことは?』

『ありません』

 五人はまるでコーラスでも歌うように、同時に合わせて答えた。

 俺は目の前に立てたファイルケースから五人分の書類を出し、それぞれの前に置く。

『契約書です。内容をご確認の上、納得出来ましたらサインを・・・・』

 俺が言い終わる前に、五人の男達は全員ボールペンを取り出して、最終頁にサインをして寄越した。

 その素早さに俺はあきれるばかりだったが、サインをした以上は仕方があるまい。

『・・・・結構、それでは詳しくお話を伺いましょう』

 彼らはまた元の通りソファに腰を降ろすと、俺の方を見ながら話し始めた。

 俺はブッダじゃないからな。

 五人の訴えを一度に聴いて完璧に理解をするような才能は持っちゃいない。

 ここにそれをだらだらと書いてもいいが、退屈するばかりだろう。

 だから、要点だけをかいつまんで説明しよう。

1、妻たちは全員まったく面識はないこと。

2、夫婦関係は格別仲が良かったという訳ではないにしろ、別に険悪というわけでもなく、全く平凡であったとのこと。

3、そして、つい二週間前、何も告げずに家出し、それっきり音沙汰がない事。

『警察には相談したんですか?』

 一応失踪届は出したが、何の手掛かりもないため、今のところなしの礫であるという。

『もういてもたってもいられません。何とか探して頂けませんか?』

 俺は何と答えて良いか分らなかった。

 しかし引き受けてしまった依頼は、もう俺の仕事だからな。

『で、何か手掛かりになりそうなものはありますか?』

 五人は再び顔を見合わせ、もう一度ソファから立ち上がり、何かを取り出し、写真に並べるように、俺の前に置いた。

 本だった。

 現実には絶対に存在するとは思えないハンサムな男性と、これまた現実に存在しないような美女が抱き合ってキスシーンを演じている。

 タイトルは、

”ふたたびの想い出”、

『妻が行方不明になった時、この本が彼女の荷物から発見されたんです』

 五人はまた声を揃えた。


 

 

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