第9話 華やかポーションの効果

 結論から言うと、エルフの呪文は、人間には強すぎたみたいなのよ。

 ちょっとした栄養ドリンクのつもりが、エリクサーくらいになっちゃってたのね。


 あの後、まず書類と格闘していた領主の息子に持っていったの。

 おばぁちゃんとおんなじで、一口飲んだ後、一気飲みして、頭がスッキリしたみたいな感想とお礼を言ったかと思ったら、すごい勢いで書類を片付けていったわ。


 若い子の集中力ってすんごいのねぇって思いながら、アタシは領主の奥さんの寝室にむかったの。


 領主の奥さんはまだ目覚めてもいなくて、ベッドに横たわったままだったわ。

 執務室で会った時は、ドレスを着て立っていたからわからなかったんだけど、薄着で横になった領主の奥さんはとってもせていた。


 大きなベッドにあるふくらみが頼りないくらい小さかった。

 かけぶとんの上に出されていた両手も、顔と同じくらい浅黒くなっていて、シミみたいなのもあるし、すじや骨が浮き上がっていた。


 きっとお手入れする時間もないんだろうなって思ったわ。


 「今回はなかなか目覚めないのよ」って心配そうに先輩聖女がつぶやいた。

 先輩聖女は、今までにも何回か同じように倒れた奥さんに居合わせて回復の歌をうたってきたけど、いつもなら起きる頃合いなのに目覚めないって。


 そう言う先輩聖女の顔色も悪かったの。

 アタシへの仕事のレクチャー時から、今は奥さんにずっと歌ってくれて。とっても疲れてそうな先輩聖女に「休憩がてら飲んで」ってすすめたら、一口飲んで、やっぱり残りを一気飲みした後、「今なら全力で歌える気がするわ!」って一番効果の高い回復の歌をうたってくれたの。


 そしたらなんと、領主の奥さんの意識が戻ったのよ!


 「さすが先輩聖女様!」って両手をとりあって喜んだわ。


 目覚めたのなら、ぜひ奥さんにも一口だけでも飲んでもらおうと思って、クッションを支えに上半身を起こした奥さんの口元にコップを近づけたら、一口飲んだ奥さんはコップを補助していたアタシの手ごとつかんで一気飲みしたの。そしたらね。


「ええ?」

「奥様!?」 


 精悍なおじぃちゃんみたいに浅黒かった肌が、ゆっくりと内側から漂白されていくみたいに、じょじょに白くなっていったのよ!


 手の甲にあったシミみたいなのも見ている内に消えていって、がさがさの肌がうるおっていく。こけていた頬がふっくらして、髪の毛まで太くツヤツヤになって、ぺしゃっとしてた頭もふんわりしたわ。


 もう全然おじぃちゃんに見えない。

 キリリとしていてハッキリした目鼻立ちの、ヅカ顔って言うの? 華やかな美人さんになっていたの。


「奥様! 初めてお会いした時の奥様です!」


 ベッドに起き上がった状態の領主の奥さんに、先輩聖女は感極まった様子で抱きついた。


「あぁ。なんだか、久しぶりにすごくスッキリした気分だよ」


 驚いた様子で頭を押さえる奥さんからは、まるで舞台俳優みたいなイケメンオーラがだだもれていて、なんだか先輩聖女が話していた「最強の聖女様」っていうのがわかった気がしたわ。


 現役聖女時代の奥さんって、聖女たちのお姉様的存在だったんじゃないかしら。


『いけないよ、聖女が求めるなんて』

『いいえ、お姉様。お姉様のためなら、わたくし、なんでもできますわ。だからお姉様も、遠慮無くわたくしを求めてくださいませ。わたくし以前から、お姉様の熱い視線に気がついておりましたのよ? 正直になってお姉様。わたくしに触れたいのでしょう?』

『それはっ。……本当に、いいのかい?』


 あぁ、白百合の園もイイわよねぇ。

 なぁんて脳内劇場はともかくとして、簡単にそんな寸劇が思い浮かんじゃうくらい、領主の奥さんがイケメンなのよ。


「お目覚めになって良かった。でも倒れたばかりで無理は禁物です。どうか、もうしばらく横になっていて下さい」


 すぐに動きたそうな奥さんを、涙目の先輩聖女は安眠の歌をうたって寝かしつけたわ。

 歌の効果か、まだ疲労が回復しきっていなかったのか、奥さんはすぅっと眠りについたの。


 先輩聖女が「目覚めたばかりで心配だから、もうしばらく歌い続けるわ」って言ってくれたから、私は奥さんをお任せして、厨房に戻ったのよ。

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