第8話 エルフの知識を使うわよ
先輩聖女とアタシが領主のお屋敷に戻った頃には、すでに領主の息子が倒れた奥さんを寝室に運び入れてくれた後だったわ。
お医者様を呼んだか聞いたら、領主の息子も先輩聖女もなんとも言えない表情になったの。
「私が癒やしの歌をうたっている間、あなたたちには他の仕事をお願いしたいわ」
先輩聖女にやんわり部屋を出されてすぐ、領主の息子が説明してくれたわ。
「母上は医者を呼ぶと怒るから、呼べないんだ」
お医者さん嫌いな人ってたまにいるわよねぇってその時は思ったの。
それ以上に気になることがあって、深く考えなかったのよ。
「なんで
「他にする人がいないからだ。気にしないでくれ。慣れてる」
確かに、ぞうきんを
普通、お屋敷にはお手伝いさんとかがたくさんいるものよね?
「まさかとは思うけど、この建物にいるのって、おばぁちゃんメイドさんだけなの?」
「あの人はメイドじゃない。母上の乳母だった人だよ。下手に手を離すと人質にされかねないから、ここで暮らしてもらってる」
話を整理すると、このこぢんまりした領主のお屋敷にいるのは、領主の奥さん、領主の息子、奥さんの元乳母のおばぁちゃん、ローテーション先輩聖女、新米聖女なアタシ、以上! みたいなのよ。
ちょっと待って。いわゆるメイドや侍従、料理人や執事や庭師といった、お屋敷を維持するために必要な人材が一人もいないってこと? そんなことないわよね?
「ここでの食事は誰が作っているの?」
「母上だ。自分で作る方が毒の心配がないと言って、料理人を解雇した」
「もしかして普段のお掃除やお洗濯も?」
「母上だ。妙な仕掛けがされたら困ると言って、メイドも執事も芸術的な物もすべて排除した」
領主の奥さんの本業って農作業と領主業なのよね?
「……倒れたのって、もしかしなくても過労じゃないの」
「そうだ。以前にも何回か倒れている」
いくらこのお屋敷がこぢんまりしているからって、別荘くらいには広いのよ。
誰が来ても大丈夫なように毎日お掃除して、みんなのご飯作って、洗濯して、聖女じゃなくなっても聖女の仕事もして、でもメインの仕事は農作業と領主業って……。オーバーワークにもほどがあるわ! そりゃ倒れるわよ!
いったい何時に起きて何時に寝てるのよ!
そんな生活続けていたら草太みたいに死んじゃうわよ!
いくら可愛い息子のためとはいえ、死んだらなんにもならないでしょ!
「領主様のお仕事、アンタもうできるの?」
「領主印がいらないものなら」
「すごいのね! アタシ、書類仕事はできないから、お掃除とお洗濯と食事作りは任せて!」
「一人じゃ時間がかかりすぎるだろう」と心配してくれる領主の息子を言いくるめて、仕事部屋に押し込んだわ。
悪いけど一人の方が都合いいのよね。
ここは自然豊かな土地だから、教会よりも簡単にエルフの術が使えるはず。
アタシは久しぶりに、受け継がれたエルフの知識からエルフ語の呪文を唱えたの。
一瞬でお屋敷全体がスッキリクリーンな状態になったわ。
ついでに汚れ防止の呪文もかけて、と。
この呪文の効果は教会で胃腸炎みたいなのが流行った時に確認済みよ。
範囲が広いし、あの時ほど強めていないから、効果も除菌殺菌までいかなくて普通の掃除くらい、汚れ防止の持続期間も短いけれど、とりあえず今日の掃除と洗濯はこれでいいわよね。
明日からのことはまた明日考えればいいのよ。
なんでエルフ族にこんな呪文が受け継がれているのかしらって不思議だったけど、寿命が長いから編み出されたのかもしれないわね。家事って、たまにすると楽しいけど、毎日まいにちだと
手で掃除する方が達成感があるし、お日様の匂いがする洗濯物の方が好きなんだけど、今は時間が惜しいから、ありがたく活用させてもらうわよ。
次は調理ね。
「ねぇおばぁちゃん。ここ使っても大丈夫? アタシがお食事を作ってもいい?」
こっくり頷かれたので、ついでに質問する。
「今いる人たちの苦手なものってあるかしら?」
ゆっくりふるふる首を横に振られたから特にないみたい。そもそも苦手な食材は仕入れていないのかもしれないわね。
アレルギーがなさそうならいいのよ。
食材倉庫の場所と入室していいかをおばぁちゃんに確認してから、食材を物色よ。
ひんやりした倉庫にはさすが農場ね。食材がたっぷり入っていたわ。
でもまずは領主の奥さんに疲労回復薬が必要よね。
エルフの知識には薬もあったけど、ここにある材料で作れそうな疲労回復系は……あったわ。サングリア風の、果物とお酒とハーブと呪文でできる飲み物!
普通に美味しそうだけど、ポーションを華やかにした感じなのかしら?
この世界のお酒、アタシはまだ飲んだことがないから、おばぁちゃんに味見してもらうことにしたのよ。
病人にキツすぎたら大変だもの。
おばぁちゃんは一口飲んだ後、ちょっと止まっていたけれど、その後は一気飲みしたわ。
「ちょ、ちょっと。そんなに急に飲んで大丈夫なの?」
「すごく美味しいじゃないのさ! こんな美味しいの飲んだことないよ! もう一杯おくれよ!」
おばぁちゃんん?
なんだか表情も姿勢もシャッキリしてなぁい?
「酒精もこの程度なら、あの子たちも気に入るはずだよ。早く持っていっておやり」
「え、ええ」
さっきまでのよろよろしていたのは演技だったのか気になったけど、今はとにかく領主の奥さんに飲ませてあげなきゃね。
あの子たちってことは、息子にも持っていった方がいいってことよね。
せっかくだから先輩聖女にも飲んでもらいたいわ。
アタシは追加で四人分作って、おばぁちゃんにおかわり分を渡した後、持っていったの。
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