決意

 八月の暑さと比べれば、だいぶと秋のものになってきた。自販機から出てきたペットボトルを持つ。熱った体が冷やされる。


 すれちがう生徒の顔は皆輝いている。ことやの顔も輝いていた。自分だけどこか違う世界にいるのではないかと思ってしまう。


 さっきの演奏に、私は確かに尋ねられた。このままで良いのか、と。そんな訳ない。確かに弓を引くのは怖い。でもそれは逃げだ。弱い自分を見ていないのだ。


 あの素晴らしい演奏はことやがこの夏頑張ったからだ。出来なくても何度も何度も練習したからだ。自分もあれくらい人を魅了できる射を引きたい。もう逃げないぞと誓った。


 このまま弓道場に向かいそうになったが、ことやを待たせていることに気づき、急ぎ足で畳の部屋に戻る。襖を開けると、ことやはいつものように壁に寄りかかり、眠っていた。


 余程疲れたのだろう。気持ちよさそうに寝息を立てていた。起こすのもかわいそうなので、隣に座って待つことにした。どうせ気づかないのだから、いつもより近くに座ってみる。


 人が目を閉じているところを見るのは、むずむずする。なぜだろう、とても愛おしく思えてしまうのだ。ことやの頬に汗が伝った。私はハンカチを取り出し、汗を拭った。


 確かに暑い。締め切られた窓を開けた。窓から心地よい風が吹く。中庭に、綺麗な紫の桔梗が咲いている。もうすぐ、秋になるのだ。

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