祖母の答え

 八月も中盤に差し掛かり、祖母の七回忌が近づいてきた。暑い日が続き、秋になる気配すらなかった。


 寺で身内だけの法要をし、両親と墓参りに行った。古い墓石に祖母の名前が刻まれている。服を焼くほどの灼熱に耐えながら、墓石の前にしゃがみ込み手を合わせる。


 心の中で祖母を呼んでみる。そう呼ぶと、何ともないように祖母が笑って返事をしてくれるのではないかと、願わずにはいられなかった。


 返事がないのは当たり前なのに、どこか寂しかった。自分の声なんて届かないと分かっていながらも相談をしてしまう。私はどうするべきなのだろうか。祖母ならどうしていただろうか。


 夢を見た。やはり場所は弓道場で、弓道着の私と祖母が向かい合って正座している。差し込む真夏の光に私は目を竦める。祖母が名を口に出した。


「どうすれば良いかは、あなたが一番良く知っているのではないの。」


もっと練習するべきだってこと?でもね、頑張っても頑張っても私は完璧になれなかった。今回の結果が物語っているの。

 今まで目指していた自分の姿がなくなったら、もう何を目指せば良いのか分からない。

 音宮は家柄もいいし、お父さんの会社もうまくいってる。私は音宮に生まれたからには、その名前が釣り合う人にならないと、って思ったの。

 だから、いっぱい練習して勉強して完璧を目指していた。でも、それは間違ってたのかな。


 熱い感情が膨らんで止めどなく口から出た。ずっとため込んでいたものを吐き出すと、背負っていたものがなくなり心が軽くなった。熱い一筋の涙が頬を伝う。


 目の前に影が落ち、祖母が近づいたのが分かった。祖母の弓道着の白に目が眩んだ。顔を上げると、真剣な目がそこにあった。


「いい、澪。あなたの思い描く理想は完璧でないわ。」


私の理想は完璧でない?それってどういうこと?


「あなたはいいと思って追い求めていることは、いずれ身を滅ぼすわ。一度良く考えてみなさい。ただ、これだけは覚えておいて。おばあちゃんは澪のそばにいるってことを。」


待って、まだ分からないよ。


 私の声を聞かずに祖母は光となり、茶を濁すように消えていった。そんな勿体ぶらずに教えてくれたっていいでないか。

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