7月

名前、なんと呼ぶ

 私は今、とても悩んでいる。


 放課後、学校の弓道場から帰ろうと思っていたところ、青葉の箏の音が聞こえてきたのだ。久しぶりに聞くその音に胸は高鳴ったが、彼の名前を知った今どう呼べば良いか分からなかった。


 ことや、と呼び捨てにするのは憚れるが、青葉と呼ぶのはよそよそしくて何か嫌だ。かと言って彼の母親のように、こっちゃんと呼ぶのは想像したくない。消去法的に名字で呼ぶことに決めた。


 そうと決めたら気持ちが早まり、気づいた時には鞄を持って弓道着のままで駆け出していた。心臓が痛いくらい波打っているのは、走っているからだろうか。それとも––––。


 渡り廊下から空を見上げると、もう七時というのに、まだ空は明るい。空を見上げると白い積乱雲が見えた。くっきりとした形を写しだす雲に、夏を感じた。


 北館に入ると、足を緩めて呼吸を落ち着けた。彼と話したいことがたくさんある。汗を拭い、高鳴る胸に手を当てた。今日は襖がしまっていた。


 七月にもなると真夏日が続き、換気好きの青葉もさすがに冷房をつけたようだ。私はできるだけ冷静を装って、襖を開けた。箏の演奏が止まり、青葉が振り向く。


 彼は名前を呼び、嬉しそうに笑った。つられて私も微笑んでしまう。青葉、と一言口に出すだけなのに、どうしてか喉でつっかえて出てこない。むずむずしている私を横目に、青葉はいつも通り雑談を始める。


 私は彼の隣に座り、自分を乱さないところが素敵だと思った。噂では青葉は不良だと思われているが、実はそうではない。話し方は丁寧で言葉遣いも綺麗だ。学校に来れなかったり、授業になかなか参加しないのは、おそらく体が弱いからだろう。

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