エルフ、暗黒大陸の厳しさを知る

 歩く。歩く。何処までも歩く。

 ちなみにレイシェント感覚の「何処までも」なので、ハナコ感覚ではそんなに歩いてはいない。

 しかし、すでにレイシェントの心は折れかけていた。


「くっ……こんな不毛の大地に流れ着いてしまうとは!」

「不毛の大地に謝ってくだせえ。草がもりもり生えてんじゃねえですか」


 崩れ落ちるレイシェントにハナコは立ち止まると、大きく溜息をつく。

 確かに何もないのは事実だが、荒れ地というわけでもない。

 そんなに悲観するほどでもないのだ。


「しかし……森がないじゃないか!」

「木なら生えてますよ、ほれ」


 言われてレイシェントは顔をあげ……もっさりと葉を茂らせたその木へと近づいていく。


「おお……希望の芽よ……! 立派な森におなり……!」

「何十年此処に留まる気なんすか。行きますよ?」

「そうは言うがな、ハナコ。何か目当てでもあるのか?」


 闇雲に歩いても仕方がないぞ、と言うレイシェントにハナコは頷く。


「まあ、そうですがね。明らかに何も無い此処に留まっても仕方ねえでしょうが」

「確かにな……」

「ていうか旦那。精霊とは仲良くなれました?」

「さっきのか? 飽きたって何処かに飛んで行ったが」

「……仲良くなってりゃあ、その精霊に色々聞けたかもしれねえのに……」

「しまった!?」


 慌てたようにレイシェントは周囲を見回すが、もう精霊はいないらしい。


「まあ、居なくなっちまったもんは仕方ねえですな」

「うう、すまない。まさか君にそんな深い考えがあったとは」

「深くもなんともねえんですが……終わっちまった事はもういいです」


 まあ、元より精霊は気まぐれで悪戯好きで癇癪持ちで暴れる事魔王の如しという。

 仲良くなってもマトモに何かを教えてくれるかは分からないし、上手くいけば儲けもの程度ではあった。

 ちなみにエルフが精霊魔法を上手く使えるのは種族的に顔がいいからだ。精霊的には魔力もイケメンらしい。ハナコにはよく分からない世界だ。


「そういえば、さっきの精霊がハナコの事を『この辺じゃ見ないタイプのゴブリン』と言ってたぞ」

「ほう。てことは、この辺にゴブリンがいるんですな」

「そうなる。見ないタイプというのが気になるが……」

「ふむ。確かに」


 ゴブリンの外見上の差といえば、男女差くらいのものだ。

 とはいえ男女で種族が違うんじゃないかというくらい外見が違うから、精霊にとってその辺を「タイプ」が違うと発言した可能性がある。

 ハナコ自身、そう考えているが……もしかすると、そうではない可能性もある。

 何しろ暗黒大陸だ。

 人間と獣人の差みたいに、何か全然違うゴブリンが居る可能性だってある。


「……もしかすると、だが」


 レイシェントは思う。

 ハナコは結構気立てが良い。明らかに仕事の範囲外のところまで面倒を見てくれるし、今もレイシェントと一緒に居てくれている。

 精霊は外見だけではなく魔力を見る。死霊術士のような呪いで魔力を汚している奴には力を貸さなかったりということがあるが……それは魔力は心を映す鏡だからというのがエルフの教えだ。

 そんな精霊が「タイプの違うゴブリン」というからには……。


「相当に性格が悪いゴブリンなんじゃないだろうか?」

「一応そう思った理由を聞いてもいいですかい」

「うむ、精霊は魔力……つまりその相手の本質を見る。ハナコとタイプが違うというのであれば、相当アレな性格なんじゃないかと思うのだ」

「なんか褒められてる事が分かる上に理屈が通ってるんで何も言えねえですな……」


 しかし同時に精霊は外見も見ると聞いている。それを総合するのであれば……この大陸のゴブリンは、かなり別物なのではないだろうか?


「うーむ……なんか、あまり会いたくなくなってきましたな」

「そうだな。しかし、この土地で暮らさねばならん……」


 暮らすには飯がいる、家がいる、水がいる。

 それらを上手く入手するには、どうしたものか?


「せめて、家をどうにかせにゃいかんですが……」

「家か」

「ええ。石を積むにも木を組むにもとにかく資材が足りねえ」

「木か……」


 レイシェントは自分の近くにある木をじっと見上げ……ハナコは思わず肩をすくめる。


「旦那ァ。流石にその木一本じゃ……」


 ハナコが言いかけたその瞬間。レイシェントの差し出した手に、木の実のようなものが数個落ちる。


「は?」

「くれるそうだ。これを育てて木材にするといいと言ってるぞ」

「旦那……木と会話なんかできたんで?」

「いつもエルフは森と対話する種族と言ってたはずなんだが……」

「いや、あっしはてっきり、エルフ特有の与太話かと」

「そんな事を思ってたのか!?」

「種族全体で言い出した手前、引っ込みがつかなくなったんだろうなあと……」

「まさかそれ、ゴブリン全体の認識ではないだろうな!?」


 ショックを受けた様子のレイシェントの手からハナコは木の実を1つ摘まみ上げ、首を傾げる。


「しかし……こいつぁ一体、何の木の実なんですかね?」

「妄想エルフ族の与太話の実じゃないかね」

「謝るから機嫌直してくだせえよ、旦那ァ……」


 木に抱き着いて転がってしまったレイシェントの機嫌が直るには結構な時間がかかったが……どうやら木自身、自分の名前など知らないらしく……仮に「ヨタの木」という名前がついたのだった。

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