エルフ、暗黒大陸に流れ着く

 レイシェントが目を覚ますと、そこは楽園だった。

 精霊に祝福された緑溢れ、清涼な風と水、光溢れる奇跡の森。

 そして隣には、頭にひまわりの花が乗っかったハナコがいる。


「おお、おお……やはり正しく生きる者には幸せが訪れるのだな!」

「そうでがんすね、旦那!」

「ハハハ、さあ行こうかハナコ! 私達の冒険はこれからだ!」


 そうしてレイシェントはハナコと手を繋いで走り出し……急に頬を張られた痛みで目を覚ます。


「いったあああああ!?」

「お、目が覚めやしたね」

「こ、此処は!? ハナコ!? 頭のヒマワリは何処に行ったんだ!?」

「どんな夢見てたんだか気になるけど聞きたくねえですなあ……」

「つまり私達の冒険はこれからでな!」

「まさにその通りなんで、しっかり目ぇ覚ましてくだせえ」


 ハナコにジト目で見られて、ようやくレイシェントは周囲を見回す。

 波が打ち寄せる砂浜と、奥に広がる大草原。

 当然のように森など無い。


「……ハナコ。此処は何処だ?」

「さあ、あっしも知らねえですなあ。何処かに流れ着いたってのだけは確かですが」


 レイシェントに会うまではあちこちを放浪していたハナコではあるが、こんな場所は記憶にない。

 そもそも、遥か向こうに見える山の形も記憶にない。

 少しでも思い当たる箇所があれば大体想像がつくというのに、これはおかしい。


「うーん……困った。全く見当もつかねえ。こいつはもしや……」

「分かったのかね?」

「ヤドカリで遊ぶのをやめてくだせえ。せめて一緒に考えようって気はねえんですか」

「いいかい、ハナコ。私とてそう出来るならそうしたい。しかしだね」

「まずヤドカリを離しましょうか」

「うむ。それでだな……ハクメイの森から出た事のない私が考えたところで……無駄だろう?」


 カッコよくキメるレイシェントに思わずハナコは「旦那はほんとに顔だけですなあ……」と呟く。


「ハハッ、そう褒めるな。ハナコもキュートだぞ!」

「ウインクうぜえなあ……」

「よし、そこまでだ。私はメンタル弱いから簡単に泣くぞ!」

「はいはい。まあ、つまり……此処は暗黒大陸じゃねえかと」

「暗黒大陸……!?」


 驚愕した様子のレイシェントにハナコは「おっ」と感心したような声をあげる。


「流石の旦那も知ってやしたか」

「いや、全然知らんが怖そうだ!」

「チッ」

「仕方ないだろう!? 知らんもんは知らんのだ!」

「旦那が知ってるものの方が少ねえでしょうがよ」

「ハナコが知ってるからな。いつも頼りにしている」


 真正面からキラキラとした笑顔を向けられ、ハナコはのけぞる。

 顔が良い。そう、このエルフ……レイシェントは本当に顔は良いのだ。

 そしてダメエルフだが、エルフにしては珍しく性格も良い。

 人間の町に出たら速攻で身ぐるみ剥がれて売られそうだ。

 だからこそ、ハナコはレイシェントを見捨てられない。


「……ったく、仕方ねえですねえ」


 そう、ハナコはレイシェントのダメなところも結構好きであった。

 自分が居なきゃコイツ死ぬな……と思った瞬間、仕えることを決めていたのだ。

 まあ、それはさておいて。


「暗黒大陸ってのは未踏区域。世界の果てですな」

「ほー。しかし、それで何故暗黒なのだ?」

「誰にも分からねえってのを暗黒に例えたんじゃねえですかね」

「なるほどなあ。まあ、闇の精霊が多いってわけでもなさそうだ。それで正解なんだろうな」


 言いながらあちこちに視線を向けているレイシェントに、ハナコは「あー」と納得したような声をあげる。


「やっぱり此処にも精霊がいますか」

「いるな。とはいえ、なんか自由に生きてる感じだ。ハクメイの森と同じ感覚では頼めなさそうだな」

「自由に生きてる感じっつーのは」

「ヒャッハーって感じだ」

「はあ?」

「いや、そうなんだよ。今もそこで風の精霊同士が睨みあってるし」


 ハナコには見えないが、レイシェントの目にはガンのつけあいをしている風の精霊の姿が見えている。

 土の精霊はクロスカウンターをきめているし、水の精霊は波乗りを楽しんでいる。


『オオン? なんだテメエ。アタシら見えてんな?』

『文句あんならかかってこいよコラ。ちょっと面いいからって精霊ナメてんとイテェぞ?』

『マジ面いいなコイツ。おい魔力寄越せよ。どんだけ魔力がイケてんか見てやんよ』

「なんか怖いな、此処の精霊。私は早くも泣きそうだぞ」

「旦那にゃ何が見えてんだ……」


 精霊にナンパなんだかカツアゲなんだか分からない事をされているとは分からないハナコは首を傾げてしまうが……気を取り直して、同じように流れ着いていたオールを担ぐ。


「ともかく、生きて流れ着いた以上は暮らさなきゃならねえ。旦那、暗くなる前に寝られる場所を探しますぜ」

「おお、そうだな。しかし安心しろ。どんな森でもエルフは寝られるぞ」

「目の前に森が見えてんなら旦那の目は相当ですぜ」

「しかし、森がないと私にはどうしようもないが……」

「旦那にゃ期待してねえんで、そのガラの悪い精霊と仲良くなっといてください」

『なんだこのゴブリン』

『この辺じゃ見ねえタイプの奴だな』

『ていうかコイツ、このゴブリンに養われてんのか?』


 好き勝手な事を言う精霊たちに纏わりつかれながらも、レイシェントは思う。

 養ってもらう。その発想はなかったな……と。

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