命を摘む。

時瀬青松

第1話

 産まれてから、たくさんの別れを繰り返してきた人生だった。


 3歳、大好きだったおばあちゃんが死んだ。おばあちゃんの飼っていた元野良猫のミケを僕が育てることにした。


 7歳、ミケが死んだ。体調がずっと悪そうで、病院に連れて行こうとしたところでひょいっと外に飛び出して、それきり二度と姿を見せなかった。


 12歳、小3の頃からずっと担任を受け持っていた中野先生が突然先生を辞めた。若年性アルツハイマーだった。先生のご実家に会いに行ったが、ぎこちない笑顔で「はじめまして」と言われて、それから二度と会いに行かなかった。

 の先生が来た。中野先生の代わりなんかいないと思っていたけれど、案外みんなすぐに慣れていった。中野先生を心に留めているのは、もう僕だけみたいだった。


 15歳、両親が離婚した。母さんが出て行った。その日は僕の誕生日だった。


 16歳。


 僕は今日も息をする。


 毎日学校帰りに病院に行く。幼馴染のいおりに会いに。


「また来てくれたんだ!ちあき、元気だった?」


「うん。まあまあ。いおりは?」


「わ〜、それ病人に聞くかぁ」


 他愛のない話。いおりは日に日に弱っていくけれど、今まで僕のもとを去って行った人たちのような感じがしない。あの、終わりを悟っているような、諦めた感じがしない。儚さを強く帯びた瞳はそれでもまだ希望に満ちている。生きたいんだ、いおりは。


 それに比べて、僕は。


 健康で、父さんとも上手くいっていて、母さんにもときどき会える。勉強も趣味も、友達にも恵まれている。いじめられているわけじゃないし、虐待されてるわけでもない。なのにどうしてか、ときどき途方もない未来に息が詰まってしまう。辛くて苦しくて、ひたすら死にたいこともある。


 いおりは病気で、友達も多くない。ご両親は仕事が忙しくてめったに会えないし、お姉さんは不良とつるんで出て行ったらしい。やりたいことも、きっと半分もできてない。それなのに、いおりは前を向く。命に、人生に、誠実な生き方をしてる。


 人生は、人間ってものはつくづく平等じゃないものだ。家庭環境、病気、戦争の絶えない国で産まれる人もいる。


「人間はどうして死ぬんだろう」


 どうして、君は死ぬんだろう。


 どうして、僕は今日も生きてる?


 どうして、死にたい僕が生きてる?


「生きてるから、死ぬんだよ。ちあき、どうしたの?」


「どうもしないよ」


「じゃあ笑ってよ」


「……もう帰るね。欲しいもの、ある?明日もまた来るから、持ってくる」


「うーん……花がいいな」


「わかった」


お菓子かおもちゃかなぁ、と勝手にスナック菓子やカードゲームを思い浮かべていたけど、意表を突かれた。まさか思春期の若者が花とは、なんかかわいいというか。


「またね、ちあき」


いつも通りの別れの挨拶。また、が本当にあるのかは、僕にもいおりにも分からない。僕はやるせなくて、


「うん、またね」


そう返すだけ。


 ***


 放課後、花を摘んでいた。家からバスケットを持ち出して、摘んだ花を片っ端から入れて行った。昨日のことを思い出して、虚しくなった。


 ……生きてるから、死ぬんだよ。


 そうだ。それがそうなら、なぜ生まれるんだろう。どうして僕は、愛の身勝手で産まれなきゃいけなかったんだろう。生きなきゃ、死なないのに。僕がいなければ、僕の命が彼の分になっていたかもしれないのに。


 くだらないことを考えて、花をブチリと引きちぎった。いくつもいくつも、花の首を捥ぎ取って殺す。花の命を乱暴に刈り取る。そうだ、僕が摘んだ花の命が、いおりの命になればいい。僕が殺した花の命が、いおりのモノになればいい。ブチリブチリと力に任せて花をむしりとる。他のなにの糸を、さいても切っても君の糸が長くなることはないとわかりながら、


僕が殺した花の命が、君の命になりますように。花を殺した僕の命が、天罰を食って君の命になりますように。


 そう、願いながら、を摘んだ。

 花の悲鳴が聞こえた気がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る