第2話 賭博の依頼 後編

「出てきちゃった……」


 思わずアイリスに怒鳴って飛び出してきちゃったけど、これからどうしよう……。

 森を出てすぐにある村にとりあえずきてみたけど、やっぱり閑散としているなぁ。

 木造の建物をレンガで補強した程度の掘っ立て小屋と言っても差し付けない家。

 その簡素な家が集い、村になっている。家と家の間にはちらほらと畑が散見され、そこには農夫がちょいちょいいる程度。

 

「おお、おお! お嬢さんじゃないですか! 如何なさいました? お姉さまもいらっしゃいませんし」

 

 買い物に来ることがあり、なじみの承認に声を掛けられる。

 でっぷりとしたおなかに、黒い背広を着ている、意外と身なりのいいおじさんだ。

 サングラスをかけているが、前に見えた時は左目が見えないようで、それを隠すためのものだと、ボクは考えている。


「あ、商人さん、どうも。色々あって出てきちゃいました。やっぱり変わりないの?」

「はいはい、変わりなく物価は高いですねぇ! 以前の一〇倍ほどです。

 あ、最近最近。というかつい昨日のことですね、なんだか身なりのいい商人様がいらっしゃいましたね!」


 身なりのいい商人? もしかして……。


「その人の名前は?」

「名前はわからないのですが! ですが! 馬車はお預かりしましたよ?」


 商人がいい笑顔で手揉みをする。


「んー、それじゃあ、干し肉をもらおうかな?」


 一万ウォンド渡すと、満面の笑みでボクに手招きをする。


「さあさあ、こちらでございます! お知り合いなのでしょうか?」

「ちょっとね?」

「……これはこれは訳ありのご様子ですね。あまり詮索はしませんが、少し奇妙なんですよねぇ!」

「なんでそんなに楽しそうなの?」

「当たり前ではございませんか! 今目の前にあるのは、事件です!! 情報を売ればお金稼げますよぉ!!」


 この人ずっといい笑顔だなぁ……。


「それよりも奇妙なことって?」


 話の途中で変なテンションになった商人さんが話の腰をおったので、続きを促す。


「ああああ、そうでした! いやはやおかしいんですよ、話すよりもみてもらった方がよろしいかと! こちらです!」

「? 普通の馬車じゃな、い?」


 質のいい馬車に一瞬見えたが、よく見ると表面だけで車輪や骨組み、塗装などはそまつなものだ。

 細部まで観察すると一部塗装が剥げて、『賭博の国』の国旗がそっと見える。


「あれ? この国旗」

「そう、そうです! 奇妙な点はそこなんですよ! さすが目の付け所が違いますね!」

「え? よく見れば誰でもわかるよ」

「よく見ればです! 『富豪の国』から来たとおっしゃっていたのですが、これはこれはおかしいと思いまして!」


 うーん、確かにおかしいけど、決定的におかしいものではないなぁ。これは譲ってもらったものだって言われたら言い逃れされるし……。


「ありがとう。もうちょっと探してみるよ」

「ええ、ええ! またよろしくお願いいたします!」


 揉み手をする商人に手を振って離れる。

 これからどうしようかなぁ。


「もし、そこのお嬢さん。ここら辺で燕尾服を着た胡散臭い商人を見かけなかったかな?」


 貴族然とした凛々しい女性が、腰まである艶のある髪をなびかせ、ボクに話しかけてきた。


****************************


「すまないね。それでは話の続きをしようか」

「いえいえ、何かお困りごとでも? ワタクシでよろしかったらお伺いいたしますよ?」

「いや、それには及ばない。我々の問題は我々で片付ける」


 私とシノの関係に他者は入る余地はないし、入られたくもないからね。

 レギール氏は目を丸くしているが、当然のことだろう。

 私はこれだけシノを愛しているし、シノも私を愛してくれているのだから。


「それで、図面などは用意していないのか?」


 質問するとレギール氏は嬉しそうに懐から羊皮紙を取り出す。

 びっしりと文字や図面が書かれた羊皮紙には、数式などの後も見られる。

 綿密に計画されたのが一目でうかがえるものでもあり、見づら過ぎて交渉に出すものなのか首をかしげてしまうほど、全力を注いだというものだ。


「こちらが計画の図面でございます。吟味していただけると光栄です」

「ふむ……、かなりの規模の図面だな。ずいぶん本気をうかがえるものだが……」


 レギール氏が先ほど言った通りの橋の図面だが、想像よりもはるかに立派なアーチ状の橋だった。

 こんなに立派なものだと予算よりも金額が上になりそうな感じはするが。


「大丈夫です! 交渉に交渉を重ねて値切りに成功したのであの金額なのです!! 無理を言っているので、これ以上は残念ながら値切ることはできないのですけどね……」


 レギール氏が残念そうに俯く。自嘲の笑みなのか、口角が上がっているように見える。

 困っている人間を見ると胸が痛む。昔言われてしまったな、誰にでも手を伸ばすな、いずれ後悔するときが来る。懐かしい言葉だが、無理そうだよ……。

 私は誰にでも手を伸ばしたい。偽善だろうと、どんなに自分が後悔しようが、それでどうなろうと私は私の心のままに動きたいね。


「さて、それで我々のところに来たわけだ。図面に不備があるわけでもなく、金額もおかしくはない。もう少し詰めていって、期間や作業工程、役割を細かく決めればいいかな?」

「ええ!! ありがとうございます! それでは契約書を!」


 そういって懐から羊皮紙を取り出すレギール氏の胸にある国の国旗が描かれていた。


****************************


 艶やかな黒髪。凛としたつり目。腰にレイピアを下げ、男性用の礼服に身を包んだ高身長の女性。


「わたしはステフ・アルメニー。『賭博の国』の公爵だ。ここら辺にきた男を探しに来た。あの男は詐欺師で、多額の金銭を騙し取っていたり、自分の欲望を満たしている。アルメニー公爵家も金銭的な被害を受けている。隙のない計画を出してくる上に、言葉巧みに騙してくるんだ。胡散臭く、貪欲な男だが、狡猾に計画を進める。そのためには努力を惜しまない厄介な犯罪者だ」


 ステフさんがボクに真摯な目で言ってくる。

 先ほど会った男を思い浮かべ苦い思いがにじみ出てくる。


「男の名前はレイドランド。いや、レギールもしくはランドール、ルイという名を名乗っているかもしれない。やっと尻尾をつかめた。また姿をくらまし、良からぬことを企むかもしれない。その様子だと、知っているとうかがえる。どうか、協力願えないだろうか? この通りだ」

「そんな、頭を上げて! ステフさんにボクは協力するよ。いや、協力してほしい。今、その男がレギールと名乗ってボクの家に、ボクの大切な人を騙して、お金を取ろうとしている。もしかすると、ボクの大切な人を傷つけようとしているかもしれない。そう思うといてもたってもいられなかったけど、ステフさんが来てくれるなら、どうにかできるかもしれない!」


 洗練された動きで頭を下げたステフさんにボクも深々と頭を下げる。

 ステフさんが頭を上げたのを見て、ボクも恐る恐る頭を上げる。

 そこには可憐に微笑むステフさんがいた。アイリスの儚い微笑とは違い、強い風が吹くような自信に満ち溢れた微笑だった。


「ありがとう。名前を聞いても?」


 差し出される手を握りながら自己紹介をする。


「ボクの名前はシノ。知っているかわからないけど、【妖精工】とも呼ばれているらしいよ? あ、ボクはお嬢さんではなく、男の子だから少年? になるのかな?」

「……えっ?」


****************************


「レギール氏、すまない。盗み見るつもりはなかったんだが、その胸の国旗は『賭博の国』の国旗ではないか?」


 空気が変わるのを肌で感じる。肌が粟立つこの感覚は、何度かくぐり抜けた勝負どころの感覚。

 ここで選択を間違えれば全てが白紙になる。頭の中で警報が鳴り響く。

 踏ん張りどころか、懐かしいものだね。これは、何かあるね。


「これは、これは知り合いの商人から譲り受けた一張羅でして、一人前の商人になった選別だといただいたのです!」


 それにしては体にぴったりで、使い古した感じは全くない。これは嘘だな。

 なぜこういう嘘を吐くのか、何を隠しているのか。

 はてさて、これはシノの判断があっていたのかな?


「『賭博の国』によく顔を出すのでそこでいただいたのですよ!」

「だが、国旗を背負うとは、その国に所属しなければ難しいはず。もし他の国に在籍する場合は国旗を返納、もしくは王からの許可証などの手続きが必要なはず。ましてや他国の人間にそう簡単に譲るわけがないはずだが?」

「ええ、そうです。彼はワタクシの師匠のような方でして、最後の最後にいただいたのです。ワタクシも流石にまずいと思っておりましてね。気づかれないように気をつけているのですが、いやはや目敏いお方ですね。流石、というところでしょうか?」


 レギール氏が胸元の国旗を隠す。

 これまたきな臭さを感じさせる。弟子を取るような商人がそんなに危ない橋を渡るようなことをするか? バレたら国によっては反逆罪などにも問われる行為だというのに。

 これ以上は踏み込むのは少々まずいかな? 荒れそうだ。


「いい師匠に巡り会えたのだな。素晴らしいものだ」


 満面の笑みになり、頭を軽く掻くレギール氏。

 目が笑っていないな。ふむ、どう情報を引き出すべきか……。


「ええ彼には感謝をしても仕切れませんよ!」


****************************


 ガタガタと馬車に揺られる。

 足場が悪すぎるせいで、これでもかというほど揺れる。ここは地獄だろうか。


「そんな顔で男はないだろう!? 卿はなんなのだ!? どうなっている!」

「そんなに叫ばなくても聞こえるよ!」


 怒鳴っているのに嬉しそうな顔のステフさんに叫び返す。

 馬車の音と、風の音で聞こえずらいけど、御者台の隣に座っているからそんなに叫ばなくても聞こえる。


「あー! もう! わたしの憧れていた【妖精工】がこんな美少女にしか見えない美少年だったとは想像していなかった!! しっとりした黒髪に、大きな目! 低身長に小さな口! どうなっている、まるっきり女ではないか!?」


 馬に鞭を入れ、嬉々として叫び散らすステフさんが緊張しているボクに流し目を送る。

 ふざけた会話をしているのに、思考は明後日のほうへ飛んでいく感覚がある。

 アイリスのことで頭がいっぱいだ。でも、ボクが戻るべきではないんじゃないか……。


「まだ、卿は迷っているのか? 何を迷う必要がある? 先ほど決めたのだろう! 悩む原因はなんだ? 自分の行動か!? 馬鹿馬鹿しいことこの上ないな! 悩む暇があったら己が大切なものの為に、必死に行動を起こすべきだろう! 誰よりも必死になってみろ。それこそが活路であり、それこそが尊い行いだ」

「むぅ、それはそうだけど……。ボクが戻ってもいいのかな……」

「それは卿の心が決めることだ。わたしがわかることではない。卿は戻りたいのか?」


 問いかけに答えられない。戻りたい、んだろうけど。どうすればいいんだろう……。


「まあ、実際は卿が戻ると言ったから『妖精庭園』へ向っているんだがな!!」


 森の中を爆走する馬車。揺れが激しくなる。あああああああ、視界が! 視界がぁぁぁ!!


「どうした!? 顔が青いぞ! ふははは!!」

「酔った、酔ったんだよぉぉ!!!!」


 吐き気を我慢しながら叫ぶがステフさんは嬉々として速度を上げる。

 世界のすべてが振動してるんじゃないかってぐらい、視界が尋常ではないほど揺れる。


「あとどれくらいなんだ? さあ、世の中で噂されている『妖精庭園』はどんなものだろうな!?」

「ボクの作品がいくつかあるだけだよ!」

「それは天国だな!」


 流石、ボクの作品を渡して二つ返事で協力してくれた人だけある。

 きっと外では変人とか言われているんだろうな。


「そうだ! そのアイリスとやらに確認しないと支援者になれるか確定しないんだろう!?」


 ステフさんが難しい顔で聞いてくる。

 レギールからはもうすでに関心がなくなっているのか、ボク等との話が一番大事らしい。ボクも一度切り替えて『妖精庭園』の内部事情に頭を回す。


「うん、アイリスがそういうのをまとめてるから。それよりもいいの? ボクの作品を定期的に渡しつつ、ステフさんの家に卸して捌くっていうのが条件で」

「ああ! もちろんだ。世界の【妖精工】の支援者として名前を発表できる上に、いち早く【妖精工】の作品を見れるんだ! 幸せなことこの上ない!!」


 ああ、この人変態だ……。

 馬車で走っているとだんだんと木がまばらになっていく。


「ステフさん、そろそろ到着するよ!」


 視界がひらけて来たのを見た瞬間に叫ぶ。それを聞いたステフさんがニンマリと口角を上げる。


「さあ、修羅場だと楽しいな!!」

「楽しくない!!」


****************************


「とりあえず相談内容は把握した。私は依頼を受けようと思う。話を詰めるのは受けてからでもいいだろう。ただし、シノに確認を取らなければならないがな」

「なぜです! 一度交渉から降りた人間がもう一度交渉に参加するのは、ワタクシは拒否させていただきたい。アイリス様だけの参加でお願いいたしたいのです。ワタクシは一度交渉のテーブルから降りた人間を信用できませんから!」


 頬を困ったように掻くレギール氏の意見に納得できる。でも、シノがいないと私はダメだから不安だなぁ。

 どうしようか……。正直完全に信用できるわけでもないわけだし、もう少し個人の情報を引き出したい。


「あなただけでも問題ないとワタクシは判断いたしますが、いかがでしょう?」


 笑みを浮かべ、首を傾げてくる。うーん、私だけでもなんとかなるだろうか?

 一度依頼を受けて、腹を探ったほうが良いか……。仕方がない、依頼のためだ、楽に大金を稼げる仕事を探そう。働きたくないんだがなぁ……。


「……了解した。私個人で依頼を受けよう。ただし、シノに協力を頼むことはあると思うが、それは承諾してくれ」

「ええ、ワタクシにはそこまで縛る権利はございません。お任せします」


 人のいい笑顔で受け答えしてくれるレギール氏、腹の底が分からんな。

 シノが帰ってきたら私からの依頼ということで頼もう。受けてくれるかなぁ……。

 不安を押し殺し、まじめな声を心掛けてテーブルの上で軽く手を組む。


「さて、話を詰めようか」


****************************


 視界がひらけた瞬間僅かに馬車が飛ぶ。


「アイリスぅぅぅーーー!!」


 ガッシャーン!

 馬車が壊れたんじゃないかと思うほどの衝撃に視界がぶれる。

 勢いに任せて馬車から飛び出て、たたらを踏みつつ家の方向を睨み付ける。

 湖の中心に向かい四箇所から伸びた木造の架け橋。その橋の合流地点には、かなり広い木造の水上広場のような空間に建つ控えめながら、立派な木造の家。

 その手前にあるラウンジのような、テーブルが置いてある場所にいるアイリスとレギールを見つける。


「シノ!? 何をしているんだ!?」

「アイリス! その男から離れて!!」


 急いで駆け寄ろうとする。

 睨みつけてくるレギールがアイリスの前に立とうとしているのが見える。


「素晴らしい!! これは確かに『妖精庭園』と呼ばれるのがわかるな!! さて、本物の妖精に合わせてもらおうかな! むっ!? あそこの家に『妖精工』の作品がある気配があるな!」


 はしゃぎ回るステフさんがボクの後ろに付いてくる。

 なんでそんなに楽しそうなの……?

 レギールがステフさんを見た瞬間、顔が青ざめていく。


「ステフ!? な、なんでお前が!」

「うん? ああ、貴様かレイドランド、観念しろ。これ以上は何もさせんぞ? どうせまた無駄に綿密な計画を作ってきたんだろう? なあ?」


 はしゃいでいたステフさんの雰囲気が一転して威圧的になる。

 隣にいるボクの肝が冷えていくほどの威圧感が発せられる。

 そのレイピアは飾りじゃないんですね……。


「な、な、な、な、なんで……」


 レギールが震えながら一歩後ずさりする。顔は恐怖で染まり、青ざめるを通り越して、完全に血の気が失せていた。

 ステフさんて、アイリスに近い圧があって怖いなぁ。

 女性って怖い……。


「我が家で捕らえ、強制労働させる」

「クソがぁ!! お前の父親はただの平和ボケした馬鹿だってのに、ステフ、お前はどうしてそんなに警戒心が強いんだ! お前がいなかったらもっと搾取できたのに!!」

「下衆が。貴様は人としてゴミだな。人を見下し、食い物としてしか見ていない。私と、『妖精庭園』に狙いを定めたのが間違いだな」


 必死な形相で後ずさりしていくレギール。はぁ、アイリスにだんだんと近づくのは本当に勘弁してほしい。

 アイリスは呆れた表情を浮かべて、眉を少し寄せ、苦い顔をしている。

 なんとなく察し始めてたんだろうなぁ。アイリスってものすごく頭もいいし、経験も豊富だから。


「こ、こっちにくるなぁぁぁぁぁ!!!!」


 レギールが狂ったようにアイリスを羽交い締めにし叫ぶ。

 その手にはどこから出したのか、針のようなナイフを握っている。

 あぁ、絶対に逃がさない。


「ふむ、契約者が襲ってくる場合は、シノ。どうするんだったかな?」

「問答無用で撃退。生死は問わない」

「ああ、正解だ」


 後ろから掴まれたアイリスが、レギールのナイフを持った手首をひねりながら拘束から逃れる。肘関節を外しながら身をひねる動作と同時に、レギールを地面に引き摺り倒し、肩関節もついでとばかりに外す。

 うめき声をあげるレギールの顎にかかとを叩き込み、意識を刈り取る。

 ごぎゃとに鈍い音がしたけど、あれ大丈夫かな……。死んだりしてないよね?


「お見事、あなたがシノの保護者だな?」


 いつの間にか抜いていたレイピアを鞘に納め、拍手しながらステフさんがアイリスの元に歩み寄る。


「ああ、保護者、とは少し違うけど、そうだね。私はアイリス。あなたは?」

「私はステフ・アルメニー次期公爵。『賭博の国』の貴族だ。こいつはレイドランド。『賭博の国』と『富豪の国』で悪名高い詐欺師だ。わたしのアルメニー家も被害に遭っている。まあ、今回でそんなことはもうやめさせるがな。普通の生活に戻さないからな」


 薄く微笑む二人が固く握手する。

 何か通じるものがあったのか、強い視線で見つめ合う。


「アイリス殿、シノは素晴らしいな。作品もそうだが、見た目も美しい。彼、というのが信じられない!」


 頬を染めながら興奮するステフさんにアイリスが目を輝かせる。


「同志ステフ、わかるね。全力で同意しよう。シノは」

「「可愛い!!」」

「ハモるな!!」


 ハモる二人にツッコミを入れるけど、ガッチリと腕を組むアイリスたちには届かない。


****************************


 あのあとレギールを拘束したステフさんは、馬車にレギールを押し込んで運んでいった。

 解決した後ステフさんにお礼として、もう一つボクの作品を送ったのは言うまでもない。

 またアイリスと二人の生活を満喫していると、ステフさんが我が物顔でラウンジへやってくる。


「やあ、久しぶりだな。今度は契約をしようと思ってきたんだが」

「うん? ああ、ステフか。よくあの結界を抜けてきたね。さ、席に座るといい」


 席を進めるアイリス。ステフさんは会釈してしながら席に座る。

 確かにあの結界は、かなり強い念を持つ人しか抜けられないからこうも簡単に抜けられるのが不思議だ。


「うん? シノの作品のことだけ考えていたらいつの間にかついたぞ? それより、いきなり本題だがシノの作品を優先的に卸してほしい。見返りは作品によるが最低で四〇万ウォンド。上限は無しだ。それ以外にも金銭的、政治的に支援しよう」


 ステフさんどれだけボクの作品好きなんだろう……。嬉しいけど、恐ろしい。

 手紙でやり取りしたことで、だいぶ打ち解けたらしいアイリスとステフさん。

 どんなやり取りしていたのかあまり聞きたくないけど。


「ふむ、ステフには申し訳ないが、それは私としては受けづらい。ステフの旨味がなさすぎないか?」

「そうだ。そこで、わたしはシノの作品を卸すたびに一つ購入させてもらいたい。あ、あとここへ自由に立ち入りを許可してもらいたい」

「そんなことでいいのか? 独占したり、無料での提供などやりようはあるのに」

「ボクもそう思うよ? ボクの作品なんてタダであげるし、自由に立ち入りはできるようにする予定だったんだし」


 ボクの作品にそこまでの価値はないように思うし、ステフさんならいつでも来てもらいたい。アイリスの友人だし。外の人から定期的に情報をもらえること自体がボクらには大きな意味を持っているんだから。


「何を言っている? シノの作品は一歩ここから出ると最低でも五〇万ウォンドで売れる。それほどまでに高値が付く。一度誰かが手に入れたものは値段が跳ね上がり上限がなくなる。現在初期の作品は億単位まで値がつくことまであるそうだ。本当かどうかはわからんが、裏オークションで取引されているらしい」


 腕組みしながら大真面目な顔でそう話すステフさん。ボクはその話を鼻で笑う。


「そんな作り話は信じないよ」

「意外と本当のことかもしれないよ? シノの作品は精巧かつ、希少だからね」

「まさにそういうことだ。たかだかその程度で、と思うかもしれない。だが、たかだかその程度がわたし達には大いに価値がある。【妖精工】シノが所属している相談所『妖精庭園』。その昔、あらゆる場で名を馳せたハイエルフ。悩みを聞き、相談を解決して回る。傭兵もやっていたと聞いている」

「よく調べている。私としてはあまり有名になってほしくないものだけどね」


 アイリスが肩をすくめる。

 へー、アイリスって有名なんだぁ。ボクが有名なのは実感がないけど、アイリスは綺麗で強いから当然だね!


「アイリスがどう思っていても、有名になる。噂程度しかないが、妖精が相談所をしているんじゃないかってな具合に。だから『妖精庭園』と呼ばれている。ちょうどアイリスの名前が表から消えた頃から相談所の話が広まっていたからな!」


 熱が入るステフさんが前のめりになる。

 ずいずいとアイリスとの距離を詰め始めるが、微塵も動かずキスでもするのかというほどの距離で見つめ合う。


「まあまあ、ステフ。それで? 何が言いたい?」

「おっと、熱くなった。外に出ればある程度の影響力を持っている『妖精庭園』の支援者になれるということはかなり政治的な意味を持つ。だから、わたしに旨味がないなんてとんでもない。わたしは甘い蜜をいただく算段さ」


 大きくはない胸の前で腕を組むステフさんが胸を張る。

 確かに聞くと利害は一致している。でも、これって……。


「ステフさん、もしかしてボクの作品ほしいだけじゃないの?」

「………………………………………………そんなことはない」


 嘘下手かなこの人? そりゃ、ボクに触れないように話を進め続けたらわかるよ。

 目をわざとらしく逸らしてステフさんに、ボクもわざとらしくため息をつく。


「ああ! そうだ! わたしはシノの作品が欲しいだけさ! だからあれこれ理屈をこねてるだけだ! シノの作品が欲しい欲しい!! レイドランドが嘘の依頼してシノの作品を造らせたのを知ってあわよくばって思っただけだ! タダでもらうのは嫌だから、買いたいんだぁ!」


 涙目になったステフさんが腕を振り回して子供のようになる。アイリスがそれを微笑ましく見つめながら、口を開く。


「わかったよステフ、我が友よ。これからよろしく頼む。ありがたくその申し出を受けさせていただくよ」


 握手を交わす二人。ステフさんがこれから『妖精庭園』に入り浸るようになる瞬間だった。


「やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! シノの! 『妖精工』の作品が!! 私の部屋にいっぱい飾るんだぁぁぁぁ!!」


 握手を終えたステフさんが空に吠える。これからは騒がしくなりそうだね。



 ここは“迷いの森”の中心にある庭園。通称『妖精庭園』。

 これから世界に名前が爆発的に広がるようになる。シノとアイリス、そしてアルメニー公爵家次期当主であるステフ・アルメニーの三人が経営していく最大級に有名な相談所。

 霧に紛れる、選ばれたものしか立ち入りが許されない庭園と中の者たちは、次の来客が来るまでお茶を嗜みのんびりと待つ。

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妖精庭園 働気新人 @neet9029

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