12

「うみゃ~い!!」

「喜んでもらえてよかった」


 五十鈴への返事を書きながら、信彦は月夜に微笑みを向ける。月夜は「うまいうまい」と言いながら、刺身を食べていた。

 深川には船着き場が多く、どこよりも新鮮な魚が手に入りやすい。

 信彦は自分の夕飯の刺身を二切れ、月夜にわけてやったのだ。

 刺身を食べ終えた月夜は、満足そうにくしくしと顔を洗う。


「しんぱいをしてくれる、お蘭にはわるいけど、こういういいことがあるから、たいへんなしごとも、がんばっちゃうんだにゃー」

「月夜、そういうところは悪い子だよね。お蘭さんは、月夜の身の心配をしているのに」

「わかってるにゃ。でもぼくだって、りっぱな、ねこまたなのにゃ」


 月夜の声が落ち込んだような声色になったのを感じて、信彦は文の最後に自分の名前を書いてから、月夜に向き直る。月夜は顔をうつむかせていた。


「ぼくは、白菊みたいに、いろんなひとと、おしゃべりできないにゃ。だからといって、紅丸みたいに、だいくのぎじゅつもないにゃ」

「うんうん」

「お蘭は、『無理に仕事しなくていい』っていってくれたにゃ。ぼくは、まだちいさいから。でもぼくは、ひろってくれたお蘭の、やくにたちたいにゃ」

「月夜はいい子だね」


 月夜が話をするたび、信彦は相槌を打った。月夜が今ほしいのは、反対意見をいわずに、ただ同意をしてくれる相手だ。信彦はそれがわかって、返事をする。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る