「つかれたにゃー」


 月夜は日当たりのいい縁側で、ごろんごろんと転がっていた。だが、月夜がいるのは『化け猫亭』ではなく、八丁堀で有名な呉服屋の娘、五十鈴いすずの部屋の前だ。彼女は月夜の馴染み客の一人である。


「源じぃはしりあいがおおくて、たいへんだにゃあ。いっそのこと、ひどりをきめて、あえばいいんだにゃ」


 あれから源次郎のもとに戻った月夜は、いろいろなところに文を運ぶように依頼された。言われた通り、文を届けると、今度は届けた先で新たに配達の依頼をされるという、忙しい時間をすごした。しかし、あまりにも頼まれ続けるので、月夜はこうして五十鈴のところに逃げてきたのだ。


「月夜ちゃん。ご飯持ってきたよー」

「にゃあ。ありがとにゃー、五十鈴」


 月夜が来たのがちょうど午刻うまのこくで昼時だったため、五十鈴が月夜にも昼食を用意してくれたのだ。

 縁側を転がり回っていた月夜は、五十鈴に近寄った。

 五十鈴はお膳を置くと、月夜の頭を優しく撫でた。月夜は甘えるように彼女の手に頭をすりつけて、のどを鳴らす。


「やっぱり猫は、かわいいなぁ」

「ぼくは、ねこまた、なのにゃ」

「そうだね。ごめんごめん」


 五十鈴は月夜を抱き上げると、お腹に顔をうずめて深く息を吸い込む。


「やめるにゃ~」

「もうちょい! 私のいやしの時間なの!」

「うにゃあ~」


 月夜は五十鈴のされるままになる。五十鈴は支払いに、いろをつけてくれるだけでなく、食事も用意してくれるので、あまり反抗できないのだ。それに、月夜が本気でいやがることはしないのも、ひとつの要因である。

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