「ほう、そのような店があるのか」


 『化け猫亭』のことを知らなかった犬神は、興味深そうに顎をなでる。


「う、うちのみせには、ぼくいがいに、せっきゃくと、だいくしごとと、けんじゅつがとくいな、ねこまたがいるにゃ」

「評判いいんだよね。それできみは、飛脚ってわけね。ここの家の人に配達物があるのかな?」

「そ、そうにゃ」


 月夜は胸元で抱える鞄に、視線を落とす。 


「にゃ。えっと……平賀源次郎さまから、自鳴琴オルゴールをあずかってきましたにゃ。しゅうりがおわったっていってたにゃ」

「あぁ、お嬢のだね。あんなからくりを直せるなんて、変人発明家はやっぱりすごいな」


 狢は感嘆の口笛を吹く。


「そ、それで、にもつをうけとって、ほしいにゃ」

「あぁ、だよね。俺が受けとるよ」

「お、おねがいしますにゃ」


 月夜は鞄をゆっくりと地面に下ろして、中から、そぉっと自鳴琴を両手で取り出すと、貉に差し出す。


「はい。たしかに受け取りました」

「配達、ご苦労であったな」

「にゃ、にゃあ。じゃあ、これでしつれいします、にゃ」


 月夜は頭を下げて挨拶をすると、鞄を急いで首にかけて、逃げるようにその場から立ち去った。


(こわかったにゃー! おこられるかと、おもったにゃ! もうにどと、ぶけやしきにはいきたくないにゃ!!)


 内心でそんなことを思いながら、月夜は町を疾走する。

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